2025年01月08日
SURF駿河湾内 1月7日(火)・明けましておめでとうございます
新年あけましておめでとうございます。
今年もブログは続けていくつもりですのでよろしくお願いいたします。
1月7日火曜日ようやく南岸低気圧が通過していき海に行くことができました。
前の晩は雨が強まるにつれナウファスの波高データもウナギ登り。

ところが20時40分の波高288cmをピークに下がり始めてしまいました。なんとか朝まで保って欲しいものでした。

翌朝、目覚めてみると波高はだいぶ下がっていてがっかり。しかし、波高は早朝に一旦89cmまで下がったものの持ち直す傾向にあったので海に行く事にしました。そして10時台には波高130cm・周期も8秒台にまで回復しました。
静波へ行きましたが、やや南寄りの西風が強くあまり良くありません。片浜をチェックすると静波よりは風を避けていました。入るかどうか悩みましたが駐車場もいっぱいでしたし、波高は上昇傾向なのでもう少し待つことにして他もチェックしました。
1時間ほど経って片浜に戻ると常連さん達が上がり始め新年のご挨拶。駐車場も空いてきていました。
パグラスのチャゲさんも上がってきて状況を説明してくれたので入ることにしました。


静波のプールのスタッフの人がショートボードで乗りまくっていました。
正面に7~8人、右奥のゲートボール場方面にも7~8人くらい見えましたが、左側は鹿島方面まで無人でした。
セット間長い中でも正面に安定して波が入るので皆さん集まっていると思います。人が居ない左側は波が一定の場所に入らずどこに入るかが予想できないので誰も居ないのだと思いました。でも今日は西風が強くて左へ流されます。正面の皆さんもポジションキープの為にパドリングしていました。そこで、私はこの風を利用して左へ流されていけばどこかで良い波に遭遇できるのではないかと思いつき、JAZZBO 7'6"で無人の左側にエントリー。
流されているうちにセットの波の特徴がわかりました。1本目よりも2本目3本目の方が大きくワイドに入ってきます。そこで自分のポジションよりも右に入ってくるセットが来たら、2本目のショルダーがどの辺に入ってくるか、3本目のショルダーはどの辺に入るか予想して移動することで良い位置からレギュラー方向に乗ることができました。
かなり鹿島に近い場所まで流されましたが、強風の中それほどパドル疲れすることも無く、いつも以上にたくさん乗ることができました。
常識外れのドリフト波待ち作戦成功の今年の初乗りでした。

ブーツ・グローブ装着で寒さ知らずでしたが、本当は寒がりな私。
冷たい西風が吹く冬は防波堤の外側の斜面が例年の駐車場所でしたが通行止めになり入れないので、この冬はココが新たな風裏の陽だまり駐車位置になりそうです。
年末年始は
年末は波も良くなかったので無理に海へ行くのは避けました。どうせ波乗りするならいい波でやりたいですから。
ただ、運動不足になるのは避けたかったので逆に基礎からのカラダ作りを心掛け、基本に毎日1万歩以上のウォーキング、掃除(これが良い筋トレになる)、スケートボード、各動作のシャドウ練習をしました。


幸い静岡市にはウォーキングに適した場所がたくさんあります。家から谷津山・安倍川・駿府城公園を巡ることができます。何十年も前に住んでいた場所に行ってみたりして昔の思い出に浸ることもできました。
そして今年の仕事始めは5日日曜日でした。

朝6時45分静岡駅発のいつもの新幹線で熱海乗り換え伊豆急行で伊豆高原駅です。

大田区立伊豆高原学園で今年最初のドローンスクールでした。
今回の受講生は20歳代の若きAIの専門家で、企業内で初歩のAI理論を教えたりもしているとのこと。とても頭の良い人で、遊び心もあるナイスな若者でした。

食事をしながら講師業としての共通の話題もあれば、伊豆の旅の話など楽しい話もできました。このスクールでは今回に限らず、IT業界、通信会社の人、空飛ぶ車の輸入業者の人、海洋研究の探査船の技術者、クルマの自動運転のための精密地図を作る人など先端産業の人の比率が予想以上でした。皆さん新しい産業や技術やドローンの活用法のアイデアを持っていたりして話を聞いていて大変面白いのです。
そのため未来社会を作る人たちのお手伝いをしているんだなという気持ちになってきます。ドローンキャンパス 伊豆の空の会場の伊豆高原学園は温泉もきれいで敷地も広々として落ち着いたきれいな快適環境で、とても素晴らしい環境で仕事をさせてもらっていることに感謝です。
今年もゆったり過ごせるリタイア生活と、本業の救急救命法講座の仕事、そしてドローンキャンパス 伊豆の空の仕事とメリハリのついた老後(笑)を送れて感謝の気持ちでスタートすることができました。
本年もよろしくお願いいたします。
今年もブログは続けていくつもりですのでよろしくお願いいたします。
1月7日火曜日ようやく南岸低気圧が通過していき海に行くことができました。
前の晩は雨が強まるにつれナウファスの波高データもウナギ登り。

ところが20時40分の波高288cmをピークに下がり始めてしまいました。なんとか朝まで保って欲しいものでした。

翌朝、目覚めてみると波高はだいぶ下がっていてがっかり。しかし、波高は早朝に一旦89cmまで下がったものの持ち直す傾向にあったので海に行く事にしました。そして10時台には波高130cm・周期も8秒台にまで回復しました。
静波へ行きましたが、やや南寄りの西風が強くあまり良くありません。片浜をチェックすると静波よりは風を避けていました。入るかどうか悩みましたが駐車場もいっぱいでしたし、波高は上昇傾向なのでもう少し待つことにして他もチェックしました。
1時間ほど経って片浜に戻ると常連さん達が上がり始め新年のご挨拶。駐車場も空いてきていました。
パグラスのチャゲさんも上がってきて状況を説明してくれたので入ることにしました。


静波のプールのスタッフの人がショートボードで乗りまくっていました。
正面に7~8人、右奥のゲートボール場方面にも7~8人くらい見えましたが、左側は鹿島方面まで無人でした。
セット間長い中でも正面に安定して波が入るので皆さん集まっていると思います。人が居ない左側は波が一定の場所に入らずどこに入るかが予想できないので誰も居ないのだと思いました。でも今日は西風が強くて左へ流されます。正面の皆さんもポジションキープの為にパドリングしていました。そこで、私はこの風を利用して左へ流されていけばどこかで良い波に遭遇できるのではないかと思いつき、JAZZBO 7'6"で無人の左側にエントリー。
流されているうちにセットの波の特徴がわかりました。1本目よりも2本目3本目の方が大きくワイドに入ってきます。そこで自分のポジションよりも右に入ってくるセットが来たら、2本目のショルダーがどの辺に入ってくるか、3本目のショルダーはどの辺に入るか予想して移動することで良い位置からレギュラー方向に乗ることができました。
かなり鹿島に近い場所まで流されましたが、強風の中それほどパドル疲れすることも無く、いつも以上にたくさん乗ることができました。
常識外れのドリフト波待ち作戦成功の今年の初乗りでした。

ブーツ・グローブ装着で寒さ知らずでしたが、本当は寒がりな私。
冷たい西風が吹く冬は防波堤の外側の斜面が例年の駐車場所でしたが通行止めになり入れないので、この冬はココが新たな風裏の陽だまり駐車位置になりそうです。
年末年始は
年末は波も良くなかったので無理に海へ行くのは避けました。どうせ波乗りするならいい波でやりたいですから。
ただ、運動不足になるのは避けたかったので逆に基礎からのカラダ作りを心掛け、基本に毎日1万歩以上のウォーキング、掃除(これが良い筋トレになる)、スケートボード、各動作のシャドウ練習をしました。


幸い静岡市にはウォーキングに適した場所がたくさんあります。家から谷津山・安倍川・駿府城公園を巡ることができます。何十年も前に住んでいた場所に行ってみたりして昔の思い出に浸ることもできました。
そして今年の仕事始めは5日日曜日でした。

朝6時45分静岡駅発のいつもの新幹線で熱海乗り換え伊豆急行で伊豆高原駅です。

大田区立伊豆高原学園で今年最初のドローンスクールでした。
今回の受講生は20歳代の若きAIの専門家で、企業内で初歩のAI理論を教えたりもしているとのこと。とても頭の良い人で、遊び心もあるナイスな若者でした。

食事をしながら講師業としての共通の話題もあれば、伊豆の旅の話など楽しい話もできました。このスクールでは今回に限らず、IT業界、通信会社の人、空飛ぶ車の輸入業者の人、海洋研究の探査船の技術者、クルマの自動運転のための精密地図を作る人など先端産業の人の比率が予想以上でした。皆さん新しい産業や技術やドローンの活用法のアイデアを持っていたりして話を聞いていて大変面白いのです。
そのため未来社会を作る人たちのお手伝いをしているんだなという気持ちになってきます。ドローンキャンパス 伊豆の空の会場の伊豆高原学園は温泉もきれいで敷地も広々として落ち着いたきれいな快適環境で、とても素晴らしい環境で仕事をさせてもらっていることに感謝です。
今年もゆったり過ごせるリタイア生活と、本業の救急救命法講座の仕事、そしてドローンキャンパス 伊豆の空の仕事とメリハリのついた老後(笑)を送れて感謝の気持ちでスタートすることができました。
本年もよろしくお願いいたします。
2021年10月12日
長らくお待たせしました。ブログ再開します。
緊急事態宣言期間が終了したのでブログを再開します。
といっても、終了してから10日以上経ってしまいました。
休止中にもかかわらず、毎日700以上のアクセスを頂き申し訳ありませんでした。
緊急事態宣言が発出された約40日間は、常葉大学の小児救急講座の集中講座も休講となり、自由時間がたっぷりありました。また、カフェRe-tsunaguのGakuさんも休業していたので、二人して海にばかり行っておりました。静波や御前崎、菊川周辺の駐車場が閉鎖されていましたが、各地のローカルの方からご親切に空いている駐車場情報を頂いたりしたので、ローカルさん達が上がるタイミングで入ることでGakuさんと混雑無縁の貸切SURFを楽しませてもらいました。感謝です。
前回のブログから先週までのまとめを書きました。
9月のシルバーウィークの連休は、妻と静波スイングビーチへ連泊していました。

本来ならこの期間にムネオ君主催の『鳥人祭り』が開催される予定だったので、県外から来る予定だった重鎮たちに泊まっていただこうと部屋を予約してあったのです。キャンセルするより自分たちが泊まろうということになりました。チェックインした土曜日は台風通過でオンショアの大波が立っていました。そして翌朝は暗いうちにボードを抱えて徒歩で静波ビーチへ。

まだサーファーは数人だけ。時々パワフルな波も来ていましたが、落ち着いてきていたのですぐにエントリー。ブレイクはパワフルでしたがスローな波でカットバックを入れられる波でした。ショートボードにぴったりの波を満喫。

しかし、1時間くらいのうちにどんどん人が増えて

あっという間に混雑してしまったので1時間ちょっとで上がりました。
でも、最初の30分は大満足でした。ただ、静波のこういうコンディションでは、普段鹿島や須々木で見かけるような顔なじみは全くおらず、アウェー感が強かったですね。

天気も晴れて、ランチはGakuさんのお誘いを受けて島田駅前のサンカク公園へ。

Re-tsunaguやカクちゃんのconnectに集まる面々が揃っていました。
カクちゃんの一党とetさん、akiiちゃん、デザイナーのniyol君など多彩な顔触れでした。

本場メキシコ仕込みのタコスは流石においしかったです。

その後は妻のリクエストで相良油田の栗園で話題になっている栗アイスを食べに行きました。
相良油田は日本の太平洋側にあった唯一の石油の油田です。小学校の社会で学びましたが、これまで一度も行ったことがありませんでした。

妻と私は栗サンデー。Gakuさんは栗アイスを頂きました。
栗が載っているとは。
おいしかったです。

夕方静波に戻る途中に片浜でSPLメンバーの車を見かけたので寄ってみると、SPLの面々がまったり穏やかなロング波で遊んでいました。日曜日なのでやや人が多いし、見知らぬ県外の人も多いなと思いながらもSPLメンバーと会うのも久しぶりなので入りました。
まあ、タルい波でしたが、乗れて良かったのですが、ここでは見かけない女のサーファーがセット波で巻かれて流したロングボードを避けきれずに腰にヒット。酷く痛かったので上がってケガのチェック。打撲で済みましたが、この痛みはその後2週間以上続き、寝返りが打てない状態でした。やっぱり知らないサーファーが多い連休のサーフィンは怖いですね。


期間中はGakuさんと頻繁に海に行っていたわけですが、その間に私も人生初のコメダのコーヒーチケットを買うに至ったり
、掛川のアメリカンな一角に出かけて行ったりしてハンバーガーを食べたりと仕事が暇な二人組で遊びましたね。



これは9月28日だったと思います。台風の影響で期間中お世話になったポイントにはハードな波が入っていました。

この日は10月1日の営業再開を見据えて愛知からの応援やRe-tsunaguの遠藤料理長、そしてカクちゃんも来てみんなで芝生広場の雑草取り。
夏の間に放置状態だった100坪以上ある芝生には相当量の雑草が生えていて、なかなかの重労働となりました。

お昼は隣の元オーナーの千里さん達が作っているお弁当を食べました。このお弁当、あちゃお米も入っていて、調理は昨年惜しまれつつ閉店した静波の人気食堂の『あぶらや』さんのご主人の手によるものなのです。美味しくて当然ですね。

午後も作業は続きました。雑草取りはキリがないですね。
でも、黙々と草を抜く作業も汗の量だけ浄化されるような清々しさで充実感満点でした。たまにはこういう作業も良いですね。次回は皆さんもどうぞ(笑)


そして翌朝は夜明けの風が弱まる時間を狙い、湾内某所でGakuさんと早朝SURF。
これまたここの常連さんを含めて最大4名でした。
滅多に波が上がらない台風ポイントですが、一番アウトから乗ると信じられないほどの距離を乗れるのでGakuさんもびっくりしていました。

9月末で緊急事態宣言が解除され、10月となり日常が戻ってきました。

私は2日(土)から常葉大学の小児救急救命法講座が再開され、翌3日(日)は妻の西伊豆松崎の健幸運動教室も始まりました。
松崎で会場の準備をしたあと私は下田に向かいました。

解除明けの最初の日曜日でしかも波があるということで多々戸浜は満車。
その代わり、隣の入田浜が久々に良い波でした。
台風の通過で砂がついてアウトサイドからブレイクしていました。ここ数年で私が見た限りでは一番地形が良いかもしれません。ショートボードには良い波でした。
実は8月のサーフスタジアムでのサーフィン以来、この期間中もショートボード(furrow 5'10"エッジボード)ばかりに乗っていたのです。
さて、気分良くサーフィンを終え、松崎に戻ろうとしたのですが、どうも車のエンジンの調子が変なのでした。松崎から土肥まで走りましたが心配なので静岡のディーラーに連絡して、三島の営業所に寄ることになりました。
そして月ヶ瀬ICから修善寺北道路に入り最初のトンネルを出ようとしたところでエンジンが吹けなくなったので咄嗟に次のトンネル手前の非常駐車帯に滑り込みました。

それ以上走ってエンジンを痛めるとマズいのでJAFのお世話になりました。
JAFと保険会社のロードアシスタンスを使って静岡までキャリアカーで戻ってきました。
この時の運搬料の請求は約6万5千円。保険に入っていたので無料になりました。
そのうえ、クロスビーを買った際に営業担当から勧められた保証延長に入っていたおかげでエンジンの修理も無料となりました。この車、すでに9万5000キロ以上の走行距離なので、通常の保証期間をはるかにオーバーしていたのです。この保証延長を勧めてくれた営業担当さんに感謝です。

代車に来たのがムロツヨシがCMをやっている「遊び心にギアを入れろ」のスズキのスペーシア・ギア。遊び心のギアが抜けなくなっている私は乗ってはいけないクルマかもしれません。
驚いたのが高速道路でもガンガン加速するのに静かなターボエンジン。とても軽自動車と思えない広い室内。8'1のボードも楽々室内積み。
最も驚いたのが、7段変速のパドルシフト付きCVTトランスミッション。クロスビーもパドルシフト付きの6速ATですが、牧之原台地のワインディングロードもブレーキを踏まずに突っ走れます。
10月7日にはカフェRe-tsunaguでGakuさんのビーチグラスアートのワークショップがありました。
私は参加しませんが、前夜からGakuさんの旧知のベテランのアウトドアマンが参加の為に芝生広場にテントを張っているというので、朝から行ってみました。

この真ん中の方が『苔の樹林帯』さん。
御年73歳の本物のアウトドアマンです。芝生のテントの横で、いるいろなお話を聞かせていただきました。
近々に企画しているのが、障害があり車椅子に頼らなければならない人たちを渓谷へ連れて行ってせせらぎや鳥の声を聴かせてあげるイベントなのだそうです。
その時に同行してもらうボランティアの人たちにも渓谷沿いの遊歩道を車椅子に乗って進む体験をしてもらうのだそうです。
何かをやろうと思い立つと、そのためにいろんな知識を勉強し、いろいろ考えなくてはならないことがどんどん出てきて、面白いことを次々に発見することになるのだそうです。静かなるアウトドアマンですが、ポジティブに生きていこうとする物凄いパワーを感じました。お話はとてもいい刺激になりました。ありがとうございました。

Re-tsunaguをオープン前に離れ、外海へ向かいました。

いい天気で暑かったので、今年最後のボードショーツ1枚で海へ向かいました。
といっても、終了してから10日以上経ってしまいました。
休止中にもかかわらず、毎日700以上のアクセスを頂き申し訳ありませんでした。
緊急事態宣言が発出された約40日間は、常葉大学の小児救急講座の集中講座も休講となり、自由時間がたっぷりありました。また、カフェRe-tsunaguのGakuさんも休業していたので、二人して海にばかり行っておりました。静波や御前崎、菊川周辺の駐車場が閉鎖されていましたが、各地のローカルの方からご親切に空いている駐車場情報を頂いたりしたので、ローカルさん達が上がるタイミングで入ることでGakuさんと混雑無縁の貸切SURFを楽しませてもらいました。感謝です。
前回のブログから先週までのまとめを書きました。
9月のシルバーウィークの連休は、妻と静波スイングビーチへ連泊していました。

本来ならこの期間にムネオ君主催の『鳥人祭り』が開催される予定だったので、県外から来る予定だった重鎮たちに泊まっていただこうと部屋を予約してあったのです。キャンセルするより自分たちが泊まろうということになりました。チェックインした土曜日は台風通過でオンショアの大波が立っていました。そして翌朝は暗いうちにボードを抱えて徒歩で静波ビーチへ。

まだサーファーは数人だけ。時々パワフルな波も来ていましたが、落ち着いてきていたのですぐにエントリー。ブレイクはパワフルでしたがスローな波でカットバックを入れられる波でした。ショートボードにぴったりの波を満喫。

しかし、1時間くらいのうちにどんどん人が増えて

あっという間に混雑してしまったので1時間ちょっとで上がりました。
でも、最初の30分は大満足でした。ただ、静波のこういうコンディションでは、普段鹿島や須々木で見かけるような顔なじみは全くおらず、アウェー感が強かったですね。

天気も晴れて、ランチはGakuさんのお誘いを受けて島田駅前のサンカク公園へ。

Re-tsunaguやカクちゃんのconnectに集まる面々が揃っていました。
カクちゃんの一党とetさん、akiiちゃん、デザイナーのniyol君など多彩な顔触れでした。

本場メキシコ仕込みのタコスは流石においしかったです。

その後は妻のリクエストで相良油田の栗園で話題になっている栗アイスを食べに行きました。
相良油田は日本の太平洋側にあった唯一の石油の油田です。小学校の社会で学びましたが、これまで一度も行ったことがありませんでした。

妻と私は栗サンデー。Gakuさんは栗アイスを頂きました。
栗が載っているとは。
おいしかったです。

夕方静波に戻る途中に片浜でSPLメンバーの車を見かけたので寄ってみると、SPLの面々がまったり穏やかなロング波で遊んでいました。日曜日なのでやや人が多いし、見知らぬ県外の人も多いなと思いながらもSPLメンバーと会うのも久しぶりなので入りました。
まあ、タルい波でしたが、乗れて良かったのですが、ここでは見かけない女のサーファーがセット波で巻かれて流したロングボードを避けきれずに腰にヒット。酷く痛かったので上がってケガのチェック。打撲で済みましたが、この痛みはその後2週間以上続き、寝返りが打てない状態でした。やっぱり知らないサーファーが多い連休のサーフィンは怖いですね。


期間中はGakuさんと頻繁に海に行っていたわけですが、その間に私も人生初のコメダのコーヒーチケットを買うに至ったり




これは9月28日だったと思います。台風の影響で期間中お世話になったポイントにはハードな波が入っていました。

この日は10月1日の営業再開を見据えて愛知からの応援やRe-tsunaguの遠藤料理長、そしてカクちゃんも来てみんなで芝生広場の雑草取り。
夏の間に放置状態だった100坪以上ある芝生には相当量の雑草が生えていて、なかなかの重労働となりました。

お昼は隣の元オーナーの千里さん達が作っているお弁当を食べました。このお弁当、あちゃお米も入っていて、調理は昨年惜しまれつつ閉店した静波の人気食堂の『あぶらや』さんのご主人の手によるものなのです。美味しくて当然ですね。

午後も作業は続きました。雑草取りはキリがないですね。
でも、黙々と草を抜く作業も汗の量だけ浄化されるような清々しさで充実感満点でした。たまにはこういう作業も良いですね。次回は皆さんもどうぞ(笑)


そして翌朝は夜明けの風が弱まる時間を狙い、湾内某所でGakuさんと早朝SURF。
これまたここの常連さんを含めて最大4名でした。
滅多に波が上がらない台風ポイントですが、一番アウトから乗ると信じられないほどの距離を乗れるのでGakuさんもびっくりしていました。

9月末で緊急事態宣言が解除され、10月となり日常が戻ってきました。

私は2日(土)から常葉大学の小児救急救命法講座が再開され、翌3日(日)は妻の西伊豆松崎の健幸運動教室も始まりました。
松崎で会場の準備をしたあと私は下田に向かいました。

解除明けの最初の日曜日でしかも波があるということで多々戸浜は満車。
その代わり、隣の入田浜が久々に良い波でした。
台風の通過で砂がついてアウトサイドからブレイクしていました。ここ数年で私が見た限りでは一番地形が良いかもしれません。ショートボードには良い波でした。
実は8月のサーフスタジアムでのサーフィン以来、この期間中もショートボード(furrow 5'10"エッジボード)ばかりに乗っていたのです。
さて、気分良くサーフィンを終え、松崎に戻ろうとしたのですが、どうも車のエンジンの調子が変なのでした。松崎から土肥まで走りましたが心配なので静岡のディーラーに連絡して、三島の営業所に寄ることになりました。
そして月ヶ瀬ICから修善寺北道路に入り最初のトンネルを出ようとしたところでエンジンが吹けなくなったので咄嗟に次のトンネル手前の非常駐車帯に滑り込みました。

それ以上走ってエンジンを痛めるとマズいのでJAFのお世話になりました。
JAFと保険会社のロードアシスタンスを使って静岡までキャリアカーで戻ってきました。
この時の運搬料の請求は約6万5千円。保険に入っていたので無料になりました。
そのうえ、クロスビーを買った際に営業担当から勧められた保証延長に入っていたおかげでエンジンの修理も無料となりました。この車、すでに9万5000キロ以上の走行距離なので、通常の保証期間をはるかにオーバーしていたのです。この保証延長を勧めてくれた営業担当さんに感謝です。

代車に来たのがムロツヨシがCMをやっている「遊び心にギアを入れろ」のスズキのスペーシア・ギア。遊び心のギアが抜けなくなっている私は乗ってはいけないクルマかもしれません。
驚いたのが高速道路でもガンガン加速するのに静かなターボエンジン。とても軽自動車と思えない広い室内。8'1のボードも楽々室内積み。
最も驚いたのが、7段変速のパドルシフト付きCVTトランスミッション。クロスビーもパドルシフト付きの6速ATですが、牧之原台地のワインディングロードもブレーキを踏まずに突っ走れます。
10月7日にはカフェRe-tsunaguでGakuさんのビーチグラスアートのワークショップがありました。
私は参加しませんが、前夜からGakuさんの旧知のベテランのアウトドアマンが参加の為に芝生広場にテントを張っているというので、朝から行ってみました。

この真ん中の方が『苔の樹林帯』さん。
御年73歳の本物のアウトドアマンです。芝生のテントの横で、いるいろなお話を聞かせていただきました。
近々に企画しているのが、障害があり車椅子に頼らなければならない人たちを渓谷へ連れて行ってせせらぎや鳥の声を聴かせてあげるイベントなのだそうです。
その時に同行してもらうボランティアの人たちにも渓谷沿いの遊歩道を車椅子に乗って進む体験をしてもらうのだそうです。
何かをやろうと思い立つと、そのためにいろんな知識を勉強し、いろいろ考えなくてはならないことがどんどん出てきて、面白いことを次々に発見することになるのだそうです。静かなるアウトドアマンですが、ポジティブに生きていこうとする物凄いパワーを感じました。お話はとてもいい刺激になりました。ありがとうございました。

Re-tsunaguをオープン前に離れ、外海へ向かいました。

いい天気で暑かったので、今年最後のボードショーツ1枚で海へ向かいました。
Posted by エディ タチカワ at
21:19
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2021年09月14日
久々のサーフィンのブログですが、緊急事態宣言下のため引き続き休止します。
久々のブログです。
8月20日の緊急事態宣言発出から海でのサーフィンのブログをお休みしておりましたが、緊急事態宣言延長につき(今日はブログ書きますが)月末までお休みを続けます。
メジャーなサーフポイントの駐車場が閉鎖され、封鎖されていない限られた駐車場に人が集中する傾向が見られるからです。
私の場合、基本的に混みあう土日は元々海に行かないという方針なので混みあう状況でサーフィンすることは稀ですが、今回もいつも空いている海でサーフィンしています。

今月はようやく仕事の忙しさが解消できてきて2日に一回のペースで海に入っています。そのほとんどが遠州灘です。


天気が良かった9月9日は暑かったので、たぶん今年最後のボードショーツ1枚でのサーフィンだろうと、静波ウェーブプール以来久々にフライデー君(SOLOSHOT3)をセットしました。

サーフィンはハワイ生まれ。ボードショーツ1枚で海に入るのが気持ち良いですね。このところ駿河湾内はクラゲが出ることが多いのですが、遠州灘側は見当たりません。

Jazzboのボードに乗り出して丁度1年のGakuさんはお店のRe-tsunaguを緊急事態宣言のため休業としているので、このところずっと一緒にサーフィンしています。
そして昨日(9月13日)ですが、遂に台風14号のウネリが入ってきました。



いつもの場所にいつものGakuさんと待ち合わせ。
いつもここに来る顔なじみのローカルの皆さんとご挨拶。
ローカルの主だったメンバーが上がってくるのを30分ほど待ちながら、何処でどの波に乗るかGakuさんと検討しました。
支度をしてエントリー。我々が狙ったのは右奥のメインのブレイクではなく、誰もいない正面。
メインのブレイクよりも波数は少ないのですが、人が集中しているメインよりも良いポジションから乗れるチャンスが出てきます。
時々頭オーバーの波も入り、久々にドキドキした波でしたが、いいサーフィンができました。



さて、今朝(9月14日)は7時にGakuさんとコメダ珈琲店の牧之原店で待ち合わせ。
遠州灘の波がダウン傾向なら干潮の遠州灘へ、大きすぎるようなら朝食を食べてから湾内でサーフィンというプランでした。


時々大き目のセットが入りますが、基本は小波。
ショートジョンで入ろうとしたら常連さんから「クラゲが凄いよ」と声を掛けていただいたので私は長袖ラッシュガードにトレンカを履いてクラゲ対策。
Gakuさんは大き目のセット狙いで沖でじっくりと待つスタイル。
私はショートボードの乗り方を思い出そうと小ぶりの形良い波を選んで早くテイクオフしてアップスで加速してトップに当て込む練習。
私はたくさん乗れましたし、Gakuさんはサイズのある良い波を独り占め。雨が降り出す前に上がりました。

今日も積んでいったボードはこの一本。
Furrow arctailedgeboard 5'10"です。
ここ数年は年齢を考えてミッドレングスをメインにしようと長い板にも乗ってきましたが、静波のウェーブプールの波を経験し、やっぱりショートボードが楽しいと思ってしまいました。次にウェーブプールに行く時にはこの短い5'10"で入りたいと思ったので、それ以来このボードに慣れようとこれしか乗らないようにしています。
いつも一緒にサーフィンをしているGakuさんも「エディさんは短いボードの方が合ってますよ」と言っていました。

ランチは久々のきしばたさんでした。美味しかったです。
8月20日の緊急事態宣言発出から海でのサーフィンのブログをお休みしておりましたが、緊急事態宣言延長につき(今日はブログ書きますが)月末までお休みを続けます。
メジャーなサーフポイントの駐車場が閉鎖され、封鎖されていない限られた駐車場に人が集中する傾向が見られるからです。
私の場合、基本的に混みあう土日は元々海に行かないという方針なので混みあう状況でサーフィンすることは稀ですが、今回もいつも空いている海でサーフィンしています。

今月はようやく仕事の忙しさが解消できてきて2日に一回のペースで海に入っています。そのほとんどが遠州灘です。


天気が良かった9月9日は暑かったので、たぶん今年最後のボードショーツ1枚でのサーフィンだろうと、静波ウェーブプール以来久々にフライデー君(SOLOSHOT3)をセットしました。

サーフィンはハワイ生まれ。ボードショーツ1枚で海に入るのが気持ち良いですね。このところ駿河湾内はクラゲが出ることが多いのですが、遠州灘側は見当たりません。

Jazzboのボードに乗り出して丁度1年のGakuさんはお店のRe-tsunaguを緊急事態宣言のため休業としているので、このところずっと一緒にサーフィンしています。
そして昨日(9月13日)ですが、遂に台風14号のウネリが入ってきました。



いつもの場所にいつものGakuさんと待ち合わせ。
いつもここに来る顔なじみのローカルの皆さんとご挨拶。
ローカルの主だったメンバーが上がってくるのを30分ほど待ちながら、何処でどの波に乗るかGakuさんと検討しました。
支度をしてエントリー。我々が狙ったのは右奥のメインのブレイクではなく、誰もいない正面。
メインのブレイクよりも波数は少ないのですが、人が集中しているメインよりも良いポジションから乗れるチャンスが出てきます。
時々頭オーバーの波も入り、久々にドキドキした波でしたが、いいサーフィンができました。



さて、今朝(9月14日)は7時にGakuさんとコメダ珈琲店の牧之原店で待ち合わせ。
遠州灘の波がダウン傾向なら干潮の遠州灘へ、大きすぎるようなら朝食を食べてから湾内でサーフィンというプランでした。


時々大き目のセットが入りますが、基本は小波。
ショートジョンで入ろうとしたら常連さんから「クラゲが凄いよ」と声を掛けていただいたので私は長袖ラッシュガードにトレンカを履いてクラゲ対策。
Gakuさんは大き目のセット狙いで沖でじっくりと待つスタイル。
私はショートボードの乗り方を思い出そうと小ぶりの形良い波を選んで早くテイクオフしてアップスで加速してトップに当て込む練習。
私はたくさん乗れましたし、Gakuさんはサイズのある良い波を独り占め。雨が降り出す前に上がりました。

今日も積んでいったボードはこの一本。
Furrow arctailedgeboard 5'10"です。
ここ数年は年齢を考えてミッドレングスをメインにしようと長い板にも乗ってきましたが、静波のウェーブプールの波を経験し、やっぱりショートボードが楽しいと思ってしまいました。次にウェーブプールに行く時にはこの短い5'10"で入りたいと思ったので、それ以来このボードに慣れようとこれしか乗らないようにしています。
いつも一緒にサーフィンをしているGakuさんも「エディさんは短いボードの方が合ってますよ」と言っていました。

ランチは久々のきしばたさんでした。美味しかったです。
2021年02月07日
近況 2月5日(金)までの9日間
先週後半からは仕事週間。
1月30日(土)は久々のSBS学苑静岡の救命救急法講座。8時間近くの長丁場ですが、無事完了でした。
今回は感染リスクを減らすための医療従事者レベルの手の洗い方からスタート。受講者からの質問も活発でリズム良くできました。

2月2日(火)には経理事務に集中して確定申告の申告書も完成。実はこの日一時的に湾内の波が良くなる気配があったので海に行きたいところでしたが、1月27日の波の良い日に肩を痛めてしまい自粛中なのです。

突然入った大きな波を避けようと沖に全力パドルしたのですがギリギリ間に合わず、咄嗟にダックダイブしたのですがこれが間違い。私はずっと短いボードに乗ってきたので大きな波はダックダイブでかわす習慣がついています。ところがこの時に乗っていたボードは浮力のあるEPS素材の8'1"のボード。慣れない8'1"の長いボードを沈められる訳もなく、ボードを捨てて潜るべきでしたが、最後までボードを沈めようとしたため波に吹っ飛ばされ右肩を捻ってしまったのでした。咄嗟の場合はつい昔からの習慣が出てしまうのですね。
ということで、肩が治るまでしばらく様子見のためサーフィンはお休みです。
2月5日(金)
ずっと仕事続きでしたが1日だけお休み。妻が友人たちから切干芋の注文を受けたので一緒に榛原方面に行ってみようということになりました。
お昼前に家を出て国道1号線を走り谷稲葉ICへ。数年前に妻が受けた東海道五十三次ウォーキングツアーの仕事でこの道を何度も歩きましたが、妻はこの道を通ったのはあの時以来だと懐かしがっていました。

とても久しぶりにマモちゃんの細島屋 藤枝店へ行ってみました。
東海道五十三次ツアーではお昼を食べるお店がポイントでした。他のツアーではあまり使われないような本当に美味しいお店で食べていただきたいという思いからグルメな友人たちに相談したのでした。藤枝~金谷間ではマモちゃんのお店を使いたかったのですが、旧東海道から離れていて徒歩では行けないのでマモちゃんの紹介で同じ細島屋さんの島田駅前近くの雪月花さんにお願いしました。これがお客様の満足度が東海道の全行程の中でもトップクラスの満足度で、お客さんたちから感謝していただけた思い出があります。
コロナ禍騒動が国内でも始まりだしてから約1年になりますが、飲食も限られたお店にしか行けていなかったし、Go to Eatが始まったら人気飲食店は人が集中するようになりかえって足が遠のきました。まじめに感染対策をしている店は多いのですけどね。


私はいつもの季節野菜の天ぷらのせいろ。妻は天おろし蕎麦。
マモちゃんの揚げた天ぷら美味しかったです。やっぱりあの日本橋その字さんの親友ですから腕が確かですよね。妻も久しぶりに美味しい天ぷらを食べたと喜んでいました。来てよかったです。
でもマモちゃんはこんな情勢の中では海ではしゃぐ気分にならなくて全然サーフィンしていないようです。次は海で会いましょう。

その後は静波のGakuさんのお店Re-tsunaguへ。本当は隣のカクジョウ君の店で切干芋を買いたかったのですが、メールしたら「お休みです」との連絡をもらっていました。Gakuさんは芝生の広場でお客さんが連れてきた子供の面倒をみていて忙しそう。これは誰からも好かれますよね。少し話をして我々は御前崎のKopi-Potへ向かいました。
昨年の今頃、切干芋を買いにGakuさんと初めて訪れたKopi-Potでカクジョー君をはじめとした丸朝の切干芋製造メンバーと偶然に遭遇したことも今思えばなんという巡り合わせだったことかと思える出来事でした。

本当はこの小パックをまとめ買いしたかったのですが手に入らずKopi-Potでは丸朝の平干しのパックを購入。念のため御前崎の風のマルシェにも行って他で作られた切干芋を試しに買いました。
そして次は菊川沿いを北上して掛川へ。
掛川城の東の防衛ラインである七曲(ななまがり)の大村園です。
今は七曲の旧東海道沿いにあり、2階でななまがりカフェを営業しています。

茶匠のケンちゃんの淹れてくれるお茶は本当に美味しいです。
東海道ツアーの金谷~島田間は小夜の中山越えの難所のハイライトコースですが、お茶畑が広がる山を越えてたどり着いた掛川の大村園の倉庫前でケンちゃんに淹れてもらった掛川茶は皆さん大喜びでした。
またあのようなツアーが自由にできる日はいつになるのでしょうかね。

秋に買ったお茶を切らしていたので今回は春待ち茶。いいネーミングですね。
昨年2月、宇宙人会議をケンちゃんを誘って掛川でやろうとぽとんさん、じゃすみんさん、つかさん達と決めていながらコロナで中止して1年。でももう何年もコロナ禍の中にいるような気になりますね。
そのケンちゃんも最近は全然サーフィンに行っていないようです。暖かくなったら、是非ご一緒したいですね。
目的の品が手に入ったので、帰り道に寄ってみたのが事任八幡宮(ことのままはちまんぐう)。

東海道ツアーの時はランチ後の休憩場と集合地点にしてあったので何度も来た場所です。
本殿には何度もお参りした神社ですが、休憩時間が限られていたため山の上の方にある本宮へは登ったことがありませんでした。

いつかは本宮へお参りしたいと思っていたのでやっと叶いました。
今年はまだ初詣に行っていなかったことに気付き、

「開運ふくのかみ」を社務所でもらい、本宮の社のまわりに敷いてある白い石を拭きます。
1つ目は神様のため
2つ目は周りの人を思いながら。
3つ目は自分のために。
事のままに願いが叶うと信じましょう。

帰りは用宗にまわり、買ってきた切干芋を妻のお友達の家に届けました。
その後、港のウエストコースト ブリュワリーでビールを買い

家でお疲れさまの乾杯となりました。
1月30日(土)は久々のSBS学苑静岡の救命救急法講座。8時間近くの長丁場ですが、無事完了でした。
今回は感染リスクを減らすための医療従事者レベルの手の洗い方からスタート。受講者からの質問も活発でリズム良くできました。

2月2日(火)には経理事務に集中して確定申告の申告書も完成。実はこの日一時的に湾内の波が良くなる気配があったので海に行きたいところでしたが、1月27日の波の良い日に肩を痛めてしまい自粛中なのです。

突然入った大きな波を避けようと沖に全力パドルしたのですがギリギリ間に合わず、咄嗟にダックダイブしたのですがこれが間違い。私はずっと短いボードに乗ってきたので大きな波はダックダイブでかわす習慣がついています。ところがこの時に乗っていたボードは浮力のあるEPS素材の8'1"のボード。慣れない8'1"の長いボードを沈められる訳もなく、ボードを捨てて潜るべきでしたが、最後までボードを沈めようとしたため波に吹っ飛ばされ右肩を捻ってしまったのでした。咄嗟の場合はつい昔からの習慣が出てしまうのですね。
ということで、肩が治るまでしばらく様子見のためサーフィンはお休みです。
2月5日(金)
ずっと仕事続きでしたが1日だけお休み。妻が友人たちから切干芋の注文を受けたので一緒に榛原方面に行ってみようということになりました。
お昼前に家を出て国道1号線を走り谷稲葉ICへ。数年前に妻が受けた東海道五十三次ウォーキングツアーの仕事でこの道を何度も歩きましたが、妻はこの道を通ったのはあの時以来だと懐かしがっていました。

とても久しぶりにマモちゃんの細島屋 藤枝店へ行ってみました。
東海道五十三次ツアーではお昼を食べるお店がポイントでした。他のツアーではあまり使われないような本当に美味しいお店で食べていただきたいという思いからグルメな友人たちに相談したのでした。藤枝~金谷間ではマモちゃんのお店を使いたかったのですが、旧東海道から離れていて徒歩では行けないのでマモちゃんの紹介で同じ細島屋さんの島田駅前近くの雪月花さんにお願いしました。これがお客様の満足度が東海道の全行程の中でもトップクラスの満足度で、お客さんたちから感謝していただけた思い出があります。
コロナ禍騒動が国内でも始まりだしてから約1年になりますが、飲食も限られたお店にしか行けていなかったし、Go to Eatが始まったら人気飲食店は人が集中するようになりかえって足が遠のきました。まじめに感染対策をしている店は多いのですけどね。


私はいつもの季節野菜の天ぷらのせいろ。妻は天おろし蕎麦。
マモちゃんの揚げた天ぷら美味しかったです。やっぱりあの日本橋その字さんの親友ですから腕が確かですよね。妻も久しぶりに美味しい天ぷらを食べたと喜んでいました。来てよかったです。
でもマモちゃんはこんな情勢の中では海ではしゃぐ気分にならなくて全然サーフィンしていないようです。次は海で会いましょう。

その後は静波のGakuさんのお店Re-tsunaguへ。本当は隣のカクジョウ君の店で切干芋を買いたかったのですが、メールしたら「お休みです」との連絡をもらっていました。Gakuさんは芝生の広場でお客さんが連れてきた子供の面倒をみていて忙しそう。これは誰からも好かれますよね。少し話をして我々は御前崎のKopi-Potへ向かいました。
昨年の今頃、切干芋を買いにGakuさんと初めて訪れたKopi-Potでカクジョー君をはじめとした丸朝の切干芋製造メンバーと偶然に遭遇したことも今思えばなんという巡り合わせだったことかと思える出来事でした。

本当はこの小パックをまとめ買いしたかったのですが手に入らずKopi-Potでは丸朝の平干しのパックを購入。念のため御前崎の風のマルシェにも行って他で作られた切干芋を試しに買いました。
そして次は菊川沿いを北上して掛川へ。
掛川城の東の防衛ラインである七曲(ななまがり)の大村園です。
今は七曲の旧東海道沿いにあり、2階でななまがりカフェを営業しています。

茶匠のケンちゃんの淹れてくれるお茶は本当に美味しいです。
東海道ツアーの金谷~島田間は小夜の中山越えの難所のハイライトコースですが、お茶畑が広がる山を越えてたどり着いた掛川の大村園の倉庫前でケンちゃんに淹れてもらった掛川茶は皆さん大喜びでした。
またあのようなツアーが自由にできる日はいつになるのでしょうかね。

秋に買ったお茶を切らしていたので今回は春待ち茶。いいネーミングですね。
昨年2月、宇宙人会議をケンちゃんを誘って掛川でやろうとぽとんさん、じゃすみんさん、つかさん達と決めていながらコロナで中止して1年。でももう何年もコロナ禍の中にいるような気になりますね。
そのケンちゃんも最近は全然サーフィンに行っていないようです。暖かくなったら、是非ご一緒したいですね。
目的の品が手に入ったので、帰り道に寄ってみたのが事任八幡宮(ことのままはちまんぐう)。

東海道ツアーの時はランチ後の休憩場と集合地点にしてあったので何度も来た場所です。
本殿には何度もお参りした神社ですが、休憩時間が限られていたため山の上の方にある本宮へは登ったことがありませんでした。

いつかは本宮へお参りしたいと思っていたのでやっと叶いました。
今年はまだ初詣に行っていなかったことに気付き、

「開運ふくのかみ」を社務所でもらい、本宮の社のまわりに敷いてある白い石を拭きます。
1つ目は神様のため
2つ目は周りの人を思いながら。
3つ目は自分のために。
事のままに願いが叶うと信じましょう。

帰りは用宗にまわり、買ってきた切干芋を妻のお友達の家に届けました。
その後、港のウエストコースト ブリュワリーでビールを買い

家でお疲れさまの乾杯となりました。
2021年01月04日
2021年 あけましておめでとうございます。
年末年始は混むから海に行かないというのは例年通りですが、旧年はちょっとサーフィンに行き過ぎた、日数を費やし過ぎたと反省しておりました。やりたいことはいっぱいあって、もっともっと有意義な時間の使い方をしたいと思っています。だから、よほどいい波が来ない限り年末年始は海へは行かないと決めていました。
今年でサーフィン歴41年目。2021年3月で私も63歳となり、年金受給年齢に達します。体が充分に動き思い切り何かにチャレンジできる時間はそんなに多くは残っていないと危機感を持って行動しようと思っています。1分1秒たりとも時間を無駄にしないつもりで生きていこうと思っています。
さて、年末年始はコロナ禍といえども普段の平日よりも何処も混雑して買い物ひとつとっても無駄な待ち時間が生じます。そこで、29日にサーフィンに行ったのを最後に30日から1月4日まで全日仕事をすることにしたのです。12月31日・1月2日・4日は勤務を入れてもらいました。
それ以外は本業の事務処理と副業の貸店舗の業務で、12月30日・1月1日・3日は1階の空きテナントの片付けをしました。
実は11月末に1階のテナント2軒が廃業して空いてしまいました。

先に廃業を決めた店は20年近く続いていたパワーストーンのお店で、店主が体調不良から復活して「さあこれから」と言う時の今回のコロナ禍で継続断念となりました。もう1店舗は建物の新築時から40年続いてきた旧静岡市内唯一のダンスウエア専門店でしたが、10月~12月のパーティ用ウエアが最も売れる時期にダンスパーティがほとんど中止となり、仕入れ先の問屋も次々に倒産してしまいました。店主も高齢なので継続断念となりました。これまで異例なほど長くお付き合いを続けてきたテナントさんだけに寂しいです。
空き店舗は次の入居者が改装工事をするので、そのまま居抜きと言う形ですが、
このコロナ禍では次のテナントがすぐには決まるとは思えません。
この1年で呉服町や御幸町通りといった繁華街ですら空き店舗だらけになりましたからね。
そこで、次のテナントが決まるまで、空き店舗を自分たちで使うことにしました。
取り敢えずは、妻の個人レッスン用のスタジオに使おうかと思っています。
家で過ごすことが多くなり運動不足だけど「フィットネスジムはコロナが恐くて行けない」と言う方がとても多いのが現状です。
実は既に3階のリビングを使って妻の個人レッスンは知合い限定で営業しているのですが、レッスンの度にテーブルやソファーを片付けて使っていて毎回面倒だったのです。

ただ、旧店舗にはバックヤードとの仕切り壁があって邪魔なのでこれの撤去と汚れた店内のリノベーションが必要でした。
そこで、年末年始の30日・1日・3日を利用してDIYを楽しもうと考えたのです。
9年前の3階のリビング・キッチンのリノベーションの時は建設会社に入ってもらいましたが、トイレやふろ場、洗面などはDIYで行って、結構楽しかったので、今回は全てDIYでやろうと思っていました。
DIYの楽しさは物を作り出す喜びの他にもプランニングやデザインといった頭で楽しむこと、素材選びや工法を学び段取りを考えることも楽しみとなります。



先ずは仕切り壁の撤去。
壁紙を削り取り電動ドライバーでネジを抜き、合板張りの壁を剥がしました。
支柱は新たに買った電動のレシプロソーでぶった切り解体。

意外と簡単に撤去完了。

やっぱり作業内容に合った電動工具があると便利ですね。

壁用のパテとコーキング材で壁に空いたネジ穴や割れ目などを充填して、ボード修理用のサンダーでサンディング。

3日には壁の一部を試し塗りしてみました。
店舗ですので、塗りムラができたりするとみっともないので、ペイントローラーの転がし方をいろいろ変えて、ムラができないように工夫しました。
リノベーションの目途が立ったので、この後は空き時間に少しづつやっていこうかと思っています。

ついでに2階の客用トイレのドアの汚れた部分もペイントしました。

5月の緊急事態宣言期間には床の洗浄を行って、テナントさんからは「張り替えたのですか」と聞かれるほどきれいになったのですが、こういうのはお互いに気持ち良いですよね。
「そんな細かいところまで手間かけてきれいにしなくても」という方もいますが、ドアノブ周りや照明のスイッチ周りなど、人が手を触れるために必ず目に止める場所をきれいに清掃することは、空室を減らす最重要ポイントだと言う話を、清掃屋さんから賃貸アパート長者になったという方から聞いたことがあります。
まあ、こんな感じで初詣も、外出も、テレビもFacebookもLineもブログも見ないし書かないしということで、誰とも新年のご挨拶をしていませんでしたので、改めて、
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
今年でサーフィン歴41年目。2021年3月で私も63歳となり、年金受給年齢に達します。体が充分に動き思い切り何かにチャレンジできる時間はそんなに多くは残っていないと危機感を持って行動しようと思っています。1分1秒たりとも時間を無駄にしないつもりで生きていこうと思っています。
さて、年末年始はコロナ禍といえども普段の平日よりも何処も混雑して買い物ひとつとっても無駄な待ち時間が生じます。そこで、29日にサーフィンに行ったのを最後に30日から1月4日まで全日仕事をすることにしたのです。12月31日・1月2日・4日は勤務を入れてもらいました。
それ以外は本業の事務処理と副業の貸店舗の業務で、12月30日・1月1日・3日は1階の空きテナントの片付けをしました。
実は11月末に1階のテナント2軒が廃業して空いてしまいました。

先に廃業を決めた店は20年近く続いていたパワーストーンのお店で、店主が体調不良から復活して「さあこれから」と言う時の今回のコロナ禍で継続断念となりました。もう1店舗は建物の新築時から40年続いてきた旧静岡市内唯一のダンスウエア専門店でしたが、10月~12月のパーティ用ウエアが最も売れる時期にダンスパーティがほとんど中止となり、仕入れ先の問屋も次々に倒産してしまいました。店主も高齢なので継続断念となりました。これまで異例なほど長くお付き合いを続けてきたテナントさんだけに寂しいです。
空き店舗は次の入居者が改装工事をするので、そのまま居抜きと言う形ですが、
このコロナ禍では次のテナントがすぐには決まるとは思えません。
この1年で呉服町や御幸町通りといった繁華街ですら空き店舗だらけになりましたからね。
そこで、次のテナントが決まるまで、空き店舗を自分たちで使うことにしました。
取り敢えずは、妻の個人レッスン用のスタジオに使おうかと思っています。
家で過ごすことが多くなり運動不足だけど「フィットネスジムはコロナが恐くて行けない」と言う方がとても多いのが現状です。
実は既に3階のリビングを使って妻の個人レッスンは知合い限定で営業しているのですが、レッスンの度にテーブルやソファーを片付けて使っていて毎回面倒だったのです。

ただ、旧店舗にはバックヤードとの仕切り壁があって邪魔なのでこれの撤去と汚れた店内のリノベーションが必要でした。
そこで、年末年始の30日・1日・3日を利用してDIYを楽しもうと考えたのです。
9年前の3階のリビング・キッチンのリノベーションの時は建設会社に入ってもらいましたが、トイレやふろ場、洗面などはDIYで行って、結構楽しかったので、今回は全てDIYでやろうと思っていました。
DIYの楽しさは物を作り出す喜びの他にもプランニングやデザインといった頭で楽しむこと、素材選びや工法を学び段取りを考えることも楽しみとなります。



先ずは仕切り壁の撤去。
壁紙を削り取り電動ドライバーでネジを抜き、合板張りの壁を剥がしました。
支柱は新たに買った電動のレシプロソーでぶった切り解体。

意外と簡単に撤去完了。

やっぱり作業内容に合った電動工具があると便利ですね。

壁用のパテとコーキング材で壁に空いたネジ穴や割れ目などを充填して、ボード修理用のサンダーでサンディング。

3日には壁の一部を試し塗りしてみました。
店舗ですので、塗りムラができたりするとみっともないので、ペイントローラーの転がし方をいろいろ変えて、ムラができないように工夫しました。
リノベーションの目途が立ったので、この後は空き時間に少しづつやっていこうかと思っています。

ついでに2階の客用トイレのドアの汚れた部分もペイントしました。

5月の緊急事態宣言期間には床の洗浄を行って、テナントさんからは「張り替えたのですか」と聞かれるほどきれいになったのですが、こういうのはお互いに気持ち良いですよね。
「そんな細かいところまで手間かけてきれいにしなくても」という方もいますが、ドアノブ周りや照明のスイッチ周りなど、人が手を触れるために必ず目に止める場所をきれいに清掃することは、空室を減らす最重要ポイントだと言う話を、清掃屋さんから賃貸アパート長者になったという方から聞いたことがあります。
まあ、こんな感じで初詣も、外出も、テレビもFacebookもLineもブログも見ないし書かないしということで、誰とも新年のご挨拶をしていませんでしたので、改めて、
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
2020年06月01日
SURF 外海 6月1日 ブログ再開です!
ようやく実質的な緊急事態宣言明けになりました。
静岡の各ビーチは昨日まで駐車場閉鎖だったので、5月7日に緊急事態宣言明けと言っても思うような場所でサーフィンができませんでしたので、このブログもお休みをしておりました。
自粛期間中にも毎日600~800という多くの方に見に来ていただいていましたが、ブログをアップすれば見た人は海に行きたくなってストレスを溜めてしまいますからブログアップは遠慮していました。今日から再開です。
でも、これまで以上に感染予防を心掛けた行動をしていきたいと思います。
さて、ここでご報告ですが、このブログも緊急事態宣言中に500万アクセスを達成しました。
あまり気にしていなかったので、いつの間にか500万を超えていました。
1000万までは生きていない可能性もあるので
キリ番の500万で何かお祝いをしようかと思っていましたが、まあ、単なる通過点で特別なものは何もないですね。今日からまた『来たよ!いい波』をよろしくお願いいたします。

今朝はお気に入りの外海某所へ。
朝から雨だと思ったら、晴れ間が出ていて明るい朝でした。気持ちいいです。

波もオフショアで弛めなパーフェクト。
正面は4人ほどサーファーが入っていましたが、釣り人も少なく、ここから200mほど歩いた先にあるお目当てのブレイクは無人でした。

ボードとカメラ機材を持って歩いていたら、このカルガモに出会いました。
野生あふれるこの辺りの東西10キロ範囲が私の一番のお気に入りの場所です。

しばらく歩いて現地到着。天気も良いのでフライデー君(SOLOSHOT3)をセット。
半径200m以内は私独りきりで、今日は最後までずっと独りきりのサーフィンでした。
今日のフライデー君は妙にキャリブレーションが終わらないなと思っていたら、腕に装着したGPSタグの電池が切れていました。何と前回撮影に使った後、本体は充電したのにタグの充電を忘れていたのでした。
波がきれいなので撮りたかったのですが、仕方なくモバイルバッテリーからタグの充電を1時間行うことにしました。
カメラを止めて先ずはサーフィン。
ポイントが遠いうえ、セット間隔は長いので誰も居ないと波待ちのポジショニングが難しいところですが、他に誰も居ないので乗りたい波乗りやすい波を選ぶことができて1時間はあっという間でした。
一旦上がってタグを装着し、撮影開始で再びエントリー。




残念ながら空は曇ってしまい海の色もくすんでしまいましたが、波は楽しめました。

しだいに風がクロスオフショアに変わり、強まってきました。


今日はカットバックの練習を中心にしました。
人が多い場所で数少ない良い波に乗っても、ミスしてせっかくの波を台無しにしてしまうと周りの人が残念がるので思い切ったライディングがしづらいのですが、他に誰も居ない波なら周りに気兼ねなく練習に挑戦できます。
この写真の時に突発的に霧雨が降って来たので一旦上がって、いままで使ったことが無かったレインカバーをSOLOSHOT3に装着しました。
その後は封印していたクロスステップの練習もしてみました。
でも、まだまだボードの長さに慣れることが先決ですね。
2時間みっちりサーフィンして上がりました。
帰り道は150号線をゆっくり走り静波方面へ。

静波海岸の駐車場もバリケードの撤去作業中でした。

ウェーブプールの工事もコンクリート打ちが始まっていますね。

そしてコスモスコーヒーに寄りました。
入店にはマスク着用。アルコール消毒の準備もされていました。

今日はコロンビアをカップで頂き、コスモスブレンドの豆を挽いてもらってお持ち帰り。
マスターにコロナ巣籠りの最中に『2010年宇宙の旅』の原作を読んだ話をしたら、マスターもSF好きみたいで
『<映画の見方>がわかる本』という本を頂いてしまいました。ありがとうございます。
後になって気付いたのですが、ひょっとすると、コスモスコーヒーという店名も『COSMOS(宇宙)』からきているのかなと。
再開第一回目のブログでしたが、サーフィンの写真があまりきれいではないので、同じ場所でフライデー君に撮ってもらった過去Picを載せておきます。







1年のうちで一番大好きな5月は終わってしまいましたが、これからも『来たよ!いい波』を書いていきますので、よろしくお願いいたします。
静岡の各ビーチは昨日まで駐車場閉鎖だったので、5月7日に緊急事態宣言明けと言っても思うような場所でサーフィンができませんでしたので、このブログもお休みをしておりました。
自粛期間中にも毎日600~800という多くの方に見に来ていただいていましたが、ブログをアップすれば見た人は海に行きたくなってストレスを溜めてしまいますからブログアップは遠慮していました。今日から再開です。
でも、これまで以上に感染予防を心掛けた行動をしていきたいと思います。
さて、ここでご報告ですが、このブログも緊急事態宣言中に500万アクセスを達成しました。
あまり気にしていなかったので、いつの間にか500万を超えていました。
1000万までは生きていない可能性もあるので


今朝はお気に入りの外海某所へ。
朝から雨だと思ったら、晴れ間が出ていて明るい朝でした。気持ちいいです。

波もオフショアで弛めなパーフェクト。
正面は4人ほどサーファーが入っていましたが、釣り人も少なく、ここから200mほど歩いた先にあるお目当てのブレイクは無人でした。

ボードとカメラ機材を持って歩いていたら、このカルガモに出会いました。
野生あふれるこの辺りの東西10キロ範囲が私の一番のお気に入りの場所です。

しばらく歩いて現地到着。天気も良いのでフライデー君(SOLOSHOT3)をセット。
半径200m以内は私独りきりで、今日は最後までずっと独りきりのサーフィンでした。
今日のフライデー君は妙にキャリブレーションが終わらないなと思っていたら、腕に装着したGPSタグの電池が切れていました。何と前回撮影に使った後、本体は充電したのにタグの充電を忘れていたのでした。
波がきれいなので撮りたかったのですが、仕方なくモバイルバッテリーからタグの充電を1時間行うことにしました。
カメラを止めて先ずはサーフィン。
ポイントが遠いうえ、セット間隔は長いので誰も居ないと波待ちのポジショニングが難しいところですが、他に誰も居ないので乗りたい波乗りやすい波を選ぶことができて1時間はあっという間でした。
一旦上がってタグを装着し、撮影開始で再びエントリー。




残念ながら空は曇ってしまい海の色もくすんでしまいましたが、波は楽しめました。

しだいに風がクロスオフショアに変わり、強まってきました。


今日はカットバックの練習を中心にしました。
人が多い場所で数少ない良い波に乗っても、ミスしてせっかくの波を台無しにしてしまうと周りの人が残念がるので思い切ったライディングがしづらいのですが、他に誰も居ない波なら周りに気兼ねなく練習に挑戦できます。
この写真の時に突発的に霧雨が降って来たので一旦上がって、いままで使ったことが無かったレインカバーをSOLOSHOT3に装着しました。
その後は封印していたクロスステップの練習もしてみました。
でも、まだまだボードの長さに慣れることが先決ですね。
2時間みっちりサーフィンして上がりました。
帰り道は150号線をゆっくり走り静波方面へ。

静波海岸の駐車場もバリケードの撤去作業中でした。

ウェーブプールの工事もコンクリート打ちが始まっていますね。

そしてコスモスコーヒーに寄りました。
入店にはマスク着用。アルコール消毒の準備もされていました。

今日はコロンビアをカップで頂き、コスモスブレンドの豆を挽いてもらってお持ち帰り。
マスターにコロナ巣籠りの最中に『2010年宇宙の旅』の原作を読んだ話をしたら、マスターもSF好きみたいで
『<映画の見方>がわかる本』という本を頂いてしまいました。ありがとうございます。
後になって気付いたのですが、ひょっとすると、コスモスコーヒーという店名も『COSMOS(宇宙)』からきているのかなと。
再開第一回目のブログでしたが、サーフィンの写真があまりきれいではないので、同じ場所でフライデー君に撮ってもらった過去Picを載せておきます。







1年のうちで一番大好きな5月は終わってしまいましたが、これからも『来たよ!いい波』を書いていきますので、よろしくお願いいたします。
2020年04月27日
アールグレイをホットで(コロナ航海日誌) ① 4月27日
20日ぶりのブログ更新になりました。この期間中も毎日600以上のアクセスを頂いており、見に来てくださる方に申し訳ない気持ちでした。
このブログのメインの話題が「海は良いですよ」というテーマなので、不要不急の外出を控えましょうという呼びかけがある以上、皆さんが海に行きたいと思ってしまわぬようにブログ更新をお休みしていました。
ゴールデンウィークの最初の土日を過ぎて、他人との接触自粛がようやく浸透してきたと実感できるように感じています。皆さんstay homeで腹をくくりましたかね。
しかし、まだまだこれはほんの始まりの段階で、収束までには1年2年という単位の時間が必要だと思いますから、気を緩める事はできません。
さて、サーフィンは緊急事態宣言が全国に拡大される直前までは毎日のように行っていましたが、16日夜の緊急事態宣言以後行くのは自粛しました。ブログを見てくれている方なら私がよく行くサーフポイントは誰にも会わないことも多いことをご存じでしょう。でも、私が行けばそれを知った誰かも行きたくなるでしょう。

当分の間使う見込みのないサーフボードも運搬用のボードバッグから出して並べて乾燥させています。
宣言後は職場と自宅周辺以外には行っていないないので、サーフィンの話題は無しですが、どんな日々を送っているのか記録していきたいと思っています。

ちなみに今日のタイトルの「アールグレイをホットで」という言葉は、私が尊敬するSTAR TREKのピカード艦長のお馴染みのセリフです。宇宙艦エンタープライズの困難な任務遂行中に作戦室にこもって静かに戦略を考える時や、自室に戻ってホッと一息を入れる時にフードレプリケーター(分子から料理を合成する装置)に向かって掛ける言葉なのです。
今の我々の状況に似ている状況での一息も大切な時間だと思います。
私の仕事もメインの救急救命の講座は全て中止や延期。バイトの某公共施設の警備の仕事も休館のため人員削減で週1または2日だけ。時間はたっぷりあるので日頃できなかった事務処理や資料・パンフ作り、自宅の1・2階のテナントさんの共用部の大掃除などを毎日少しづつやっています。
また、入会したけど観る時間がなくて放置状態だったamazonのプライムビデオやNetflixも1日2時間くらいは観ることができるようになりました。そんな意外と忙しい日常です。
20日前のブログの最後に感染予防について言及しましたが、最近はそれプラスしてコレで健康チェック。

こちらは血中酸素飽和度を計測する話題のパルスオキシメーター。10年ほど前、富士登山講座を開催していた頃に買ったものです。ずっと登山用品の収納ボックスの中に眠っていましたが、引っ張り出してきました。コロナ感染対策で突然話題に上がって、数日前にamazonのトップページの売れ筋商品ランキングに各社の製品がずらりと並び驚きました。
血中酸素飽和度は、96%以上が正常。それ以下は要注意、90%以下だと緊急酸素吸入が必要なレベルです。
以前、SBS学苑の私の講座でも緊急酸素の使い方講座を開催していた事があります。ところが、日本では法律が変わり、酸素が薬剤同様の医療品と認定されたため、一般の人が酸素吸入機材を使用する事が出来なくなってしまいました。酸素講座を受けたいという要望もありましたが、学んでも使ってはいけないのではペイするだけの受講者数が望めないため講座は廃止にした過去を思い出しました。
さて、この機器が活用できた事例が1回だけありました。それも自分自身に対してです。
ある年の8月、平日の雲一つない最高の登山日和の富士登山。
混雑の少ない御殿場ルート8合目の山小屋へ到着したところ、見事な影富士が現れました。影は相模湾を越えて房総半島にまで伸びて、見事な絶景。ガイドを手伝ってもらっているぽとんさんとビールで乾杯したのです。
すると夜中になって頭痛が酷くなりました。呼吸は苦しくなかったのですが高度障害が起きているかもしれないとパルスオキシメーターで計測してみました。すると、血中酸素飽和度89%しかありません。地上なら酸素吸入をしながら救急車で運ばれる数値でした。非常に驚いて寝ずに意識的に過呼吸をしてその場をしのいだ経験がありました。
そこから考えられるのは飽和度が90%以下で酸素吸入が必要な事態であっても呼吸困難になっているとは限らないと思うのです。逆に言うと呼吸困難に陥ってからでは一刻を争う状態であり、手遅れになりかねない事態だと思います。呼吸困難はすぐに救急車を呼ぶべき状況と私の講座では強調しています。
このパルスオキシメーターが90%以下を示す日が来ないように気を引き締めて感染予防と免疫力維持をしていきたいと思います。
このブログのメインの話題が「海は良いですよ」というテーマなので、不要不急の外出を控えましょうという呼びかけがある以上、皆さんが海に行きたいと思ってしまわぬようにブログ更新をお休みしていました。
ゴールデンウィークの最初の土日を過ぎて、他人との接触自粛がようやく浸透してきたと実感できるように感じています。皆さんstay homeで腹をくくりましたかね。
しかし、まだまだこれはほんの始まりの段階で、収束までには1年2年という単位の時間が必要だと思いますから、気を緩める事はできません。
さて、サーフィンは緊急事態宣言が全国に拡大される直前までは毎日のように行っていましたが、16日夜の緊急事態宣言以後行くのは自粛しました。ブログを見てくれている方なら私がよく行くサーフポイントは誰にも会わないことも多いことをご存じでしょう。でも、私が行けばそれを知った誰かも行きたくなるでしょう。

当分の間使う見込みのないサーフボードも運搬用のボードバッグから出して並べて乾燥させています。
宣言後は職場と自宅周辺以外には行っていないないので、サーフィンの話題は無しですが、どんな日々を送っているのか記録していきたいと思っています。

ちなみに今日のタイトルの「アールグレイをホットで」という言葉は、私が尊敬するSTAR TREKのピカード艦長のお馴染みのセリフです。宇宙艦エンタープライズの困難な任務遂行中に作戦室にこもって静かに戦略を考える時や、自室に戻ってホッと一息を入れる時にフードレプリケーター(分子から料理を合成する装置)に向かって掛ける言葉なのです。
今の我々の状況に似ている状況での一息も大切な時間だと思います。
私の仕事もメインの救急救命の講座は全て中止や延期。バイトの某公共施設の警備の仕事も休館のため人員削減で週1または2日だけ。時間はたっぷりあるので日頃できなかった事務処理や資料・パンフ作り、自宅の1・2階のテナントさんの共用部の大掃除などを毎日少しづつやっています。
また、入会したけど観る時間がなくて放置状態だったamazonのプライムビデオやNetflixも1日2時間くらいは観ることができるようになりました。そんな意外と忙しい日常です。
20日前のブログの最後に感染予防について言及しましたが、最近はそれプラスしてコレで健康チェック。

こちらは血中酸素飽和度を計測する話題のパルスオキシメーター。10年ほど前、富士登山講座を開催していた頃に買ったものです。ずっと登山用品の収納ボックスの中に眠っていましたが、引っ張り出してきました。コロナ感染対策で突然話題に上がって、数日前にamazonのトップページの売れ筋商品ランキングに各社の製品がずらりと並び驚きました。
血中酸素飽和度は、96%以上が正常。それ以下は要注意、90%以下だと緊急酸素吸入が必要なレベルです。
以前、SBS学苑の私の講座でも緊急酸素の使い方講座を開催していた事があります。ところが、日本では法律が変わり、酸素が薬剤同様の医療品と認定されたため、一般の人が酸素吸入機材を使用する事が出来なくなってしまいました。酸素講座を受けたいという要望もありましたが、学んでも使ってはいけないのではペイするだけの受講者数が望めないため講座は廃止にした過去を思い出しました。
さて、この機器が活用できた事例が1回だけありました。それも自分自身に対してです。
ある年の8月、平日の雲一つない最高の登山日和の富士登山。
混雑の少ない御殿場ルート8合目の山小屋へ到着したところ、見事な影富士が現れました。影は相模湾を越えて房総半島にまで伸びて、見事な絶景。ガイドを手伝ってもらっているぽとんさんとビールで乾杯したのです。
すると夜中になって頭痛が酷くなりました。呼吸は苦しくなかったのですが高度障害が起きているかもしれないとパルスオキシメーターで計測してみました。すると、血中酸素飽和度89%しかありません。地上なら酸素吸入をしながら救急車で運ばれる数値でした。非常に驚いて寝ずに意識的に過呼吸をしてその場をしのいだ経験がありました。
そこから考えられるのは飽和度が90%以下で酸素吸入が必要な事態であっても呼吸困難になっているとは限らないと思うのです。逆に言うと呼吸困難に陥ってからでは一刻を争う状態であり、手遅れになりかねない事態だと思います。呼吸困難はすぐに救急車を呼ぶべき状況と私の講座では強調しています。
このパルスオキシメーターが90%以下を示す日が来ないように気を引き締めて感染予防と免疫力維持をしていきたいと思います。
2020年04月07日
近況です。我々は歴史に残る大変な事象の時代を生きています
先月28日より10日ぶりくらいのブログ更新となりました。
4月に入り今日まで仕事は7連休。今月はまだ1日も仕事をしていません。
もっともこれは、2月時点で「積極的に休もう」と決めて起こした行動です。
2か月前、スリランカトリップに行くにあたって感染予防や感染爆発が起きた場合の帰国方法などの緊急事態対応や、中国武漢の報道を観て今後1年は各地で続くであろう都市封鎖の対策を考えました。
今後医療崩壊が起きれば助かる命も助からなくなる可能性がでてきています。そんな時に感染して野戦病院のような医療現場に放り込まれたら悲惨です。もちろん感染爆発が避けられてそんなことが起きなければ良いのですが。
結局、何としても感染から身を守る事が何よりも重要。感染者を一人でも少なくすること、それが社会のための一番の貢献になるのです。1円の収入が無くても貯金を取り崩して1年以上持ちこたえられれば良し。と考えることにしました。
だからコロナ収束までは、自分が居ないとどうしても困る最低限の仕事のみ受けることにしたのです。
と言うことで、7連休の後明日1日の仕事を挟んで5連休というスケジュールです。
ブログは3月30日(月)から
4月からスタートする予定だった妻が担当する西伊豆松崎の健康教室。こうした事態を受け予定通りには進められないだろうと思いました。
比較的高齢の参加者が多いうえに町のホールや体育館などに大勢が1時間以上の時間集まるのは絶対に避けなければなりません。
町役場も学校再開や人事異動で多忙を極めているのではないかということで、こちらの考えを伝えるために松崎へ行ってみることにしました。

桜が咲いた那賀川が美しい松崎。ここまでの道中は空いていてこれまでで一番短時間で来られました。
ただ、今年オープンした月ヶ瀬の道の駅へトイレに寄ったら、朝なのに買い物客でかなり混んでいてびっくりしました。
役場の職員と打ち合わせをする妻を役場で降ろし、私はやっぱり(笑)サーフィンのため下田へ。


昼近くの多々戸浜です。
ここも意外に空いていました。


通りかかったノラちゃん。訴えるような仕草に、
土肥のマックスバリューで買った私のランチのカツサンドは半分この子のものとなりました。


夕方松崎に戻り、西伊豆まつざき荘の立ち寄り温泉でのんびりした後、土肥港から駿河湾フェリーの最終便で静岡に帰りました。
今回は役場の職員以外の人には会わずに帰りました。
4月2日(木)
4月1日に雨が降り、低気圧の通過で波が上がる予報だったので海へ。

西風が強い予報だったので内海へ。鹿島に直行するも予想通りサイドからの強風。
満潮時のためブレイクはしていないとわかっていましたが、予定通り須々木に移動しました。
今日は早めに行って、浜辺で読書する予定で本や雑誌と椅子を持ってきたのです。

もちろん海の中は無人。でも遠くに釣りをする人影が。武田さんですね。

独りきりで読書をしていたら、SUPの人が1人。
また、近くに1台の車が来てカップルがFishで入っていきました。
1時間くらい読書をしたり散歩で通りかかった武田さんと話などして過ごしましたが、Fishの二人がだいぶ乗れるコンディションになったので私も8'1”で入ることにしました。
最初は3人だけ。そのうち一人来たと思ったら、浜松のゼビオ/H.L.N.Aの店長で、お久しぶりでした。
風をかわして面もきれいでした。4人だけだったので間隔をあけて波待ちしてもたくさん乗れました。

(武田さんがスマホで撮った動画を送ってくれました)
汐が引いてくると力のある波になりましたが、ダンパー波が多くなり上がりました。
足腰がヨレヨレでした。
帰り支度をしていたらSPLのイワモト所長が来ました。
続いてムネオ君の奥様Ayakoさん登場。



いきなり独り舞台。バランスが良いし、カラダが柔らかいし、さすがのライディングです。

そうこうしていたらムネオ君とミュージシャンの東田トモヒロ君とドラムのピースケ君が登場。
全国ツアー中だそうですが、8割くらいのライブが中止となっているそうです。
仕方ないですね。

1枚だけですが、東田君のライディングの写真が撮れました。

続いては、ジーザスしんちゃん登場。後でKeisonも来るとのこと。
ジーザスしんちゃんは話好き。宮崎の生活での出来事など延々と話してくれました。
いやはや、かなり豪華なライブができるメンツが揃いました。
皆さんが海に入ったところで、私は帰路につきました。
続いて4月3日(金)
昨日までの風が収まるという天気予報なので、早く起きて菊川に直行。

しかし、満潮ということで、アウトサイドでいい波がブレイクしているものの途中で消えてしまう波。
干潮まで待つという策もありますが、待っている間に西風が強まる可能性もあります。
今日は、Sugiさんが愛知県の友人と内海に行くと言っていたので内海へ移動することにしました。

途中、念のため御前崎にも寄ってみましたが、撚れた波でショートライドしかできません。
これも断念して鹿島へ向かいました。


波は小さいですが、人も広がって15~16人だけ。

駐車スペースも空いていたので、Sugiさん達のクルマも含めて奥の階段のところから3台並べることができました。

Sugiさんの仲間はたいていPIPPENとお友達なので、FINGER SHAPEのボードが多いですね。
永田さんは鹿島には土日しか来たことが無かったそうで、鹿島は混んでいるというイメージだったそうです。この平日の空いた平和な風景に驚いていました。
この7'4"はSugiさんが試乗したいということで持ってきたようです。


波は小さかったですが、コンスタントに波があり、たくさんロングライドできました。
やっぱり風が弱いと遊べるいい波になりますね。

ランチは民宿もりまさへ。
私は初めてのワンコインランチにしました。
明らかに採算度外視の内容に、これまで注文できずにいましたが、やっぱり500円ではありえない内容でした。

おまけに「有る時だけ」のデザートも出してくれました。
これまでも「有る時だけ」と言われて出していただきましたが、「今日は無い」という日は1日も無かったように思います。
そして家に帰り、その日の夕方。
家でテレビを観れば小池東京都知事の記者会見。この週末も外出自粛の要請。
春なのに3密を避けなければならない日々が続きます。
そこで、夕飯の前に妻とマスクをして駿府公園に散歩に出かけました。

桜がもうすぐ満開ですかね。なんだかパッとしない年ですね。

駿府城のというか、静岡の風水のパワースポット。
平成27年の家康公四百年祭の時に設置されたものです。当時は3か所あったのですが、最近の公園整備でこの1か所だけになっていました。
真富士山→竜爪山→(賤機山)→浅間神社→駿府城(今川館)と天から降りて来る『気』が竜となって流れる道の終着点がここです。駿府城は風水的に『気』のパワーが集まる場所に建てられたのです。

例年なら花見客の宴会で賑やかな駿府城公園。
ほとんど人が居ない公園で桜を観ながらベンチに座り冷え冷えのビールで乾杯しました。
4月6日(月)
週末の土日は外出を控えて、家の大掃除・自転車の修理、そしてクルマのタイヤをスタッドレスから夏タイヤに交換しました。
我家はタイヤを4階のベランダで保管しているので、重いタイヤを抱えて4階まで階段を8往復しなくてはなりません。かなりハードな筋トレでした
。

さて、屋外における少人数の運動は問題無いという指針も示されている通りですが、たとえ屋外といえども人が多く集まる場所は避けなければなりません。
海でのサーフィンも規制の対象となっている諸外国の事例もありますが、日本は今のところ大丈夫。
しかし海でも、サーファーで混んだり駐車場で大勢で集まったりするのは感染のリスクが高まり問題です。
やはり隣の人との距離(ソーシャル・ディスタンス)の確保は重要です。
このブログでは10年以上前から「混んでいるいい波よりも空いている波」こそがハッピー・サーフィンだと繰り返してきました。
そこで、平日に海に行ける私のような人間は、土日祝日はなるべく海に行くのを避けるべきと書いてきました。
そして今こそこれをもっと実践すべき時が来たと思っています。
誰もが平等に海の環境を楽しむ権利があります。平日に海に行ける人は土日祝日は海に行かない決断をして海の混雑を緩和してあげるべきだと思うのです。もしも土日の海で「密集」の事態が生じるようだと、諸外国のように規制の対象にされてしまう恐れを感じます。

さて、月曜日はやはり西風が吹く予報。内海に向かいました。


波は小さいですが、人も全部で6人のみ。
ただ早朝は上手い出勤前サーファーが多いので、彼らが上がるのを待って入ることにしました。

以前なら、こんなに波が小さかったら海に入らなかったし、海に行くのをやめていたと思います。
しかし、ロングボード(8'1"ですが)に乗るようになって、小波でも覚えるべき技がたくさんあるので充分に楽しむことができるようになりました。
「エディさん」と呼ぶ声が隣のクルマの向こうからしたので振り返ると、チャンプ酒井君でした。仕事前のサーフィンから上がったところでした。クルマがデリカからハイエースに変わっていてびっくり。救急救命士の仕事もこれからが厳しい局面になっていくかもしれませんね。頑張ってください。
上手い人達がどんどん上がって来たので、私も支度をしてエントリー。
最初のうちは満潮のため波がブレイクする箇所が限られ、隣との距離が10m間隔くらいしかありませんでしたが、時間とともに人は増えましたが汐が引いてあちこちんで波がブレイクするようになり、ソーシャル・ディスタンス
も20m~30mとれるようになりました。
おかげで誰とも競わずにいいポジションから波を選んで乗ることができました。
今日もクタクタになりました。

こちらの絵。
ポレポレ島時代からの友人Shigeさんが書いたもの。
話題の妖怪アマビエです。Shigeさんは水木しげるのHPの絵を参考に描いたそうです。
アマビエこそ江戸時代の肥後の国の海に現れた妖怪。

Wikipediaによれば、「海中からの出現、豊作や疫病の予言、その姿を写した絵による除災、3本以上の鰭ないし足による直立という外見」ということで、コロナ除けに話題となっています。
そこで、

Shigeさんの絵をダウンロードしてステッカーにしてみました。

するとShigeさんがカラーバージョンを作ってくれたので、ステッカーを作り直そうと思っています。
4月7日(火)
今日4月7日(火)は某介護施設内に於いて、応急手当の講習会の依頼を受けていました。
準備も万端整っていましたが、この仕事を受けた2月初旬と現在では既に情勢が変わっています。
私は感染予防の方法も含めた救急法を教える仕事をしている人間です。もちろん今のところ感染するような行動をしていませんし、感染もしていないと思っています。
しかし、検査も受けられない現状ですし、ひょっとしたら既に感染していて無症状なのかもしれません。これは誰もがそうでしょう。
そのくらい、1万分の1であっても可能性を感じたら仕事であっても行くべきではないと思っています。
今仕事を断ることで今後の仕事を失うかもしれません。
しかし、今大事なのは絶対に自分が感染者にならないこと、そして感染者になったとしても他の人に移さないことこと。
そんな思いを持ちつつ、日々のんびりとサーフィンやひと気のない山歩きなどでコロナのワクチン完成等で収束する日まで待ちたいと思っています。

私的には自主的な基準を作ってみました。
3密を防ぐために。
◎たとえ友達の飲食店であっても混む時間には行かない。
※呑み会に誘われても行かない(誘わないでね)
◎自宅以外でのマスク着用。(サーフィン中や登山中は除く)
※海辺で話しかけられたらマスクするかもしれないけど気を悪くしないでください。
◎ソーシャル・ディスタンス 2mの厳守。 (友達であっても屋外でも海辺でも2m以内に近づかないでね)
◎サーフィン中のソーシャル・ディスタンスは 20m。(私に近づかないでね)
4月に入り今日まで仕事は7連休。今月はまだ1日も仕事をしていません。
もっともこれは、2月時点で「積極的に休もう」と決めて起こした行動です。
2か月前、スリランカトリップに行くにあたって感染予防や感染爆発が起きた場合の帰国方法などの緊急事態対応や、中国武漢の報道を観て今後1年は各地で続くであろう都市封鎖の対策を考えました。
今後医療崩壊が起きれば助かる命も助からなくなる可能性がでてきています。そんな時に感染して野戦病院のような医療現場に放り込まれたら悲惨です。もちろん感染爆発が避けられてそんなことが起きなければ良いのですが。
結局、何としても感染から身を守る事が何よりも重要。感染者を一人でも少なくすること、それが社会のための一番の貢献になるのです。1円の収入が無くても貯金を取り崩して1年以上持ちこたえられれば良し。と考えることにしました。
だからコロナ収束までは、自分が居ないとどうしても困る最低限の仕事のみ受けることにしたのです。
と言うことで、7連休の後明日1日の仕事を挟んで5連休というスケジュールです。
ブログは3月30日(月)から
4月からスタートする予定だった妻が担当する西伊豆松崎の健康教室。こうした事態を受け予定通りには進められないだろうと思いました。
比較的高齢の参加者が多いうえに町のホールや体育館などに大勢が1時間以上の時間集まるのは絶対に避けなければなりません。
町役場も学校再開や人事異動で多忙を極めているのではないかということで、こちらの考えを伝えるために松崎へ行ってみることにしました。

桜が咲いた那賀川が美しい松崎。ここまでの道中は空いていてこれまでで一番短時間で来られました。
ただ、今年オープンした月ヶ瀬の道の駅へトイレに寄ったら、朝なのに買い物客でかなり混んでいてびっくりしました。
役場の職員と打ち合わせをする妻を役場で降ろし、私はやっぱり(笑)サーフィンのため下田へ。


昼近くの多々戸浜です。
ここも意外に空いていました。


通りかかったノラちゃん。訴えるような仕草に、
土肥のマックスバリューで買った私のランチのカツサンドは半分この子のものとなりました。


夕方松崎に戻り、西伊豆まつざき荘の立ち寄り温泉でのんびりした後、土肥港から駿河湾フェリーの最終便で静岡に帰りました。
今回は役場の職員以外の人には会わずに帰りました。
4月2日(木)
4月1日に雨が降り、低気圧の通過で波が上がる予報だったので海へ。

西風が強い予報だったので内海へ。鹿島に直行するも予想通りサイドからの強風。
満潮時のためブレイクはしていないとわかっていましたが、予定通り須々木に移動しました。
今日は早めに行って、浜辺で読書する予定で本や雑誌と椅子を持ってきたのです。

もちろん海の中は無人。でも遠くに釣りをする人影が。武田さんですね。

独りきりで読書をしていたら、SUPの人が1人。
また、近くに1台の車が来てカップルがFishで入っていきました。
1時間くらい読書をしたり散歩で通りかかった武田さんと話などして過ごしましたが、Fishの二人がだいぶ乗れるコンディションになったので私も8'1”で入ることにしました。
最初は3人だけ。そのうち一人来たと思ったら、浜松のゼビオ/H.L.N.Aの店長で、お久しぶりでした。
風をかわして面もきれいでした。4人だけだったので間隔をあけて波待ちしてもたくさん乗れました。

(武田さんがスマホで撮った動画を送ってくれました)
汐が引いてくると力のある波になりましたが、ダンパー波が多くなり上がりました。
足腰がヨレヨレでした。
帰り支度をしていたらSPLのイワモト所長が来ました。
続いてムネオ君の奥様Ayakoさん登場。



いきなり独り舞台。バランスが良いし、カラダが柔らかいし、さすがのライディングです。

そうこうしていたらムネオ君とミュージシャンの東田トモヒロ君とドラムのピースケ君が登場。
全国ツアー中だそうですが、8割くらいのライブが中止となっているそうです。
仕方ないですね。

1枚だけですが、東田君のライディングの写真が撮れました。

続いては、ジーザスしんちゃん登場。後でKeisonも来るとのこと。
ジーザスしんちゃんは話好き。宮崎の生活での出来事など延々と話してくれました。
いやはや、かなり豪華なライブができるメンツが揃いました。
皆さんが海に入ったところで、私は帰路につきました。
続いて4月3日(金)
昨日までの風が収まるという天気予報なので、早く起きて菊川に直行。

しかし、満潮ということで、アウトサイドでいい波がブレイクしているものの途中で消えてしまう波。
干潮まで待つという策もありますが、待っている間に西風が強まる可能性もあります。
今日は、Sugiさんが愛知県の友人と内海に行くと言っていたので内海へ移動することにしました。

途中、念のため御前崎にも寄ってみましたが、撚れた波でショートライドしかできません。
これも断念して鹿島へ向かいました。


波は小さいですが、人も広がって15~16人だけ。

駐車スペースも空いていたので、Sugiさん達のクルマも含めて奥の階段のところから3台並べることができました。

Sugiさんの仲間はたいていPIPPENとお友達なので、FINGER SHAPEのボードが多いですね。
永田さんは鹿島には土日しか来たことが無かったそうで、鹿島は混んでいるというイメージだったそうです。この平日の空いた平和な風景に驚いていました。
この7'4"はSugiさんが試乗したいということで持ってきたようです。


波は小さかったですが、コンスタントに波があり、たくさんロングライドできました。
やっぱり風が弱いと遊べるいい波になりますね。

ランチは民宿もりまさへ。
私は初めてのワンコインランチにしました。
明らかに採算度外視の内容に、これまで注文できずにいましたが、やっぱり500円ではありえない内容でした。

おまけに「有る時だけ」のデザートも出してくれました。
これまでも「有る時だけ」と言われて出していただきましたが、「今日は無い」という日は1日も無かったように思います。
そして家に帰り、その日の夕方。
家でテレビを観れば小池東京都知事の記者会見。この週末も外出自粛の要請。
春なのに3密を避けなければならない日々が続きます。
そこで、夕飯の前に妻とマスクをして駿府公園に散歩に出かけました。

桜がもうすぐ満開ですかね。なんだかパッとしない年ですね。

駿府城のというか、静岡の風水のパワースポット。
平成27年の家康公四百年祭の時に設置されたものです。当時は3か所あったのですが、最近の公園整備でこの1か所だけになっていました。
真富士山→竜爪山→(賤機山)→浅間神社→駿府城(今川館)と天から降りて来る『気』が竜となって流れる道の終着点がここです。駿府城は風水的に『気』のパワーが集まる場所に建てられたのです。

例年なら花見客の宴会で賑やかな駿府城公園。
ほとんど人が居ない公園で桜を観ながらベンチに座り冷え冷えのビールで乾杯しました。
4月6日(月)
週末の土日は外出を控えて、家の大掃除・自転車の修理、そしてクルマのタイヤをスタッドレスから夏タイヤに交換しました。
我家はタイヤを4階のベランダで保管しているので、重いタイヤを抱えて4階まで階段を8往復しなくてはなりません。かなりハードな筋トレでした


さて、屋外における少人数の運動は問題無いという指針も示されている通りですが、たとえ屋外といえども人が多く集まる場所は避けなければなりません。
海でのサーフィンも規制の対象となっている諸外国の事例もありますが、日本は今のところ大丈夫。
しかし海でも、サーファーで混んだり駐車場で大勢で集まったりするのは感染のリスクが高まり問題です。
やはり隣の人との距離(ソーシャル・ディスタンス)の確保は重要です。
このブログでは10年以上前から「混んでいるいい波よりも空いている波」こそがハッピー・サーフィンだと繰り返してきました。
そこで、平日に海に行ける私のような人間は、土日祝日はなるべく海に行くのを避けるべきと書いてきました。
そして今こそこれをもっと実践すべき時が来たと思っています。
誰もが平等に海の環境を楽しむ権利があります。平日に海に行ける人は土日祝日は海に行かない決断をして海の混雑を緩和してあげるべきだと思うのです。もしも土日の海で「密集」の事態が生じるようだと、諸外国のように規制の対象にされてしまう恐れを感じます。

さて、月曜日はやはり西風が吹く予報。内海に向かいました。


波は小さいですが、人も全部で6人のみ。
ただ早朝は上手い出勤前サーファーが多いので、彼らが上がるのを待って入ることにしました。

以前なら、こんなに波が小さかったら海に入らなかったし、海に行くのをやめていたと思います。
しかし、ロングボード(8'1"ですが)に乗るようになって、小波でも覚えるべき技がたくさんあるので充分に楽しむことができるようになりました。
「エディさん」と呼ぶ声が隣のクルマの向こうからしたので振り返ると、チャンプ酒井君でした。仕事前のサーフィンから上がったところでした。クルマがデリカからハイエースに変わっていてびっくり。救急救命士の仕事もこれからが厳しい局面になっていくかもしれませんね。頑張ってください。
上手い人達がどんどん上がって来たので、私も支度をしてエントリー。
最初のうちは満潮のため波がブレイクする箇所が限られ、隣との距離が10m間隔くらいしかありませんでしたが、時間とともに人は増えましたが汐が引いてあちこちんで波がブレイクするようになり、ソーシャル・ディスタンス

おかげで誰とも競わずにいいポジションから波を選んで乗ることができました。
今日もクタクタになりました。

こちらの絵。
ポレポレ島時代からの友人Shigeさんが書いたもの。
話題の妖怪アマビエです。Shigeさんは水木しげるのHPの絵を参考に描いたそうです。
アマビエこそ江戸時代の肥後の国の海に現れた妖怪。

Wikipediaによれば、「海中からの出現、豊作や疫病の予言、その姿を写した絵による除災、3本以上の鰭ないし足による直立という外見」ということで、コロナ除けに話題となっています。
そこで、

Shigeさんの絵をダウンロードしてステッカーにしてみました。

するとShigeさんがカラーバージョンを作ってくれたので、ステッカーを作り直そうと思っています。
4月7日(火)
今日4月7日(火)は某介護施設内に於いて、応急手当の講習会の依頼を受けていました。
準備も万端整っていましたが、この仕事を受けた2月初旬と現在では既に情勢が変わっています。
私は感染予防の方法も含めた救急法を教える仕事をしている人間です。もちろん今のところ感染するような行動をしていませんし、感染もしていないと思っています。
しかし、検査も受けられない現状ですし、ひょっとしたら既に感染していて無症状なのかもしれません。これは誰もがそうでしょう。
そのくらい、1万分の1であっても可能性を感じたら仕事であっても行くべきではないと思っています。
今仕事を断ることで今後の仕事を失うかもしれません。
しかし、今大事なのは絶対に自分が感染者にならないこと、そして感染者になったとしても他の人に移さないことこと。
そんな思いを持ちつつ、日々のんびりとサーフィンやひと気のない山歩きなどでコロナのワクチン完成等で収束する日まで待ちたいと思っています。

私的には自主的な基準を作ってみました。
3密を防ぐために。
◎たとえ友達の飲食店であっても混む時間には行かない。
※呑み会に誘われても行かない(誘わないでね)
◎自宅以外でのマスク着用。(サーフィン中や登山中は除く)
※海辺で話しかけられたらマスクするかもしれないけど気を悪くしないでください。
◎ソーシャル・ディスタンス 2mの厳守。 (友達であっても屋外でも海辺でも2m以内に近づかないでね)
◎サーフィン中のソーシャル・ディスタンスは 20m。(私に近づかないでね)

2020年01月01日
2020年1月1日 元旦は竜爪山へ。
年末は近年なかったほどのんびりスケジュールでした。
前回ブログの12月26日(金)のまっちゃんとのご機嫌のサーフィンの後、土日は海を避けましたが、30日(月)は平日なので海に出かけたのです。
26日と同じ場所に行きましたが、20人以上のサーファーが腰~腹の波の上に浮かんでいてガッカリ。やはり年末年始のお休みは混雑が避けられないと悟りました。結局、ローカルさんたちと情報交換しただけで海には入らずに帰りました。混んでいる海に無理して入ることはやはりやめようと思いました。
さて、新年の元旦。何をしようかと考えました。
サーフィンに行くのをやめたおかげで年末はたっぷり時間ができたので「遠州灘」に関する民俗学的な文献を読み漁ることができました。
その中に御前崎の駒形神社の正月神事について興味深い記述を見つけ、御前崎に行くことも考えました。
ただそれはもう少し深く考えてみようということで、決行を決めたのが竜爪山に登ることでした。

海も神社の初詣も混雑します。そこで思いついたのが山です。
正月は1年のスタート。ふさわしい山は何処かと考え導き出した答えは『竜爪山』
静岡市を代表するお馴染みの山ですが、象徴的な山でもあります。
1964年の東京オリンピックの年に私は小学校1年生でした。
子供が非常に少なかった街中で育った私は家が商店だったせいもあり親とスポーツをすることも無く、ひ弱な少年でした。
そんな子供だった私を見かねた母は私を山登りに連れて行くようになりました。
谷津山から始まり俵峰などに登った後、小学2年の時に最後に登った山が竜爪山でした。
その後、小学校の友達と何度も登り、私の冒険の舞台でもありました。
高校時代に平山から登ったのが多分最後だったでしょう。
私の高校は冬になるとこの山の穂積神社までの往復約20kmを走る『竜爪マラソン』が恒例の行事でした。
さて、今日は平山から登りたかったのですが、出発が遅かったので穂積神社までクルマで登り、最後の急登だけにしました。
しっかりお参りをして、11時45分に出発。

初めて来た小学2年の時はまだここに社が建っていました。

急登の登山道も昔とは全く変わって整備されていました。
しかし、登りのしんどさは変わりません。
地面を見ながらゆっくりと登り始めると、忘れ去っていた昔の記憶がどんどん湧き出したのに驚きました。
長いこと会っていない昔の友人たちが目の前にいるかの如く鮮明に脳裏に現れてきます。
冬のある日、竜爪山の頂上に雪が積もったのを見た私は木材でソリを作り、それを担いで十河君とこの道を登ったよな。
あの時はスニーカーしか履くものが無かったから雪でズルズル滑って四つん這いになって登ったよな。でも手袋がびしょ濡れで冷たかったナ。コータローと来た時は下の沢に自転車のハンドルが落ちていて、必死になって崖を下り取りに行ったな。
そんな普段は忘れ去っていた記憶がどんどん出てきて、極めて鮮明な映像として脳裏に浮かぶのでした。
脳内の深い場所に仕舞い込まれた古い記憶が、急登で呼吸と体温が上がることとこの場所に来たということで開放された感じです。
自分でもびっくりするほど細かな記憶が蘇ってくるのでした。

かつてこの断崖はその上を左に上がっていく道になっていて雪でズルズル滑った時はたいへん恐ろしかった記憶があります。
今では右側に巻き道ができていました。

ところどころに眺望が開けるようになり

やがて尾根筋に出ました。ここの温度計は0℃を指していました。
この尾根は真富士山→竜爪山→賤機山→浅間神社→駿府城 と繋がる風水で言うところの『竜の道』です。
いつか真富士山から駿府城までの駿府の竜の道を歩きたいと思っています。

薬師岳北展望地から真富士山方面を観ましたが。残念ながら富士山は雲の中でした。

12時45分。穂積神社を出発して丁度1時間で文珠岳(竜爪山)に到着しました。
気温0℃ですから汗をかかないようにゆっくりと歩いてきました。

頂上から南を観ると、御前崎まではっきり見えました。
そんな遠くまで見えるとは思ってもいませんでした。

標高は1041m。穂積神社が700mほどなので、約300mの登りです。

今年最初のブログなので、ご挨拶も兼ねて自撮り写真を載せておきます。
10年以上前に買ったノースフェイスのパーカは7年ぶりくらいに着てみました。


お腹が空いたので軽いランチタイム。
頂上には1組の登山客がいましたが、お湯が沸くころには下山していき、頂上も貸し切りになりました。

清水方面は港が良く見えました。
珈琲を飲みながら、暖かい陽だまりの頂上でゆっくり景色を眺めました。
そういえば、急登の歩きが終わった頃から昔の記憶はあまり現れないようになっていました。
記憶映像が脳内で再生されていた時間は景色があまり見えていなかったように感じます。こうして何も考えずゆっくり景色を眺めていると改めて良い景色だなと思えました。

JAMSTECの地球深部探査船「ちきゅう」はやっぱり巨大ですね。

御前崎の眺めをもういちど瞼に焼き付け
珈琲を2杯飲んで、下ることにしました。

下りは急なので下半身にかなりのGがかかります。
膝を痛めないように下りもゆっくり歩きました。
かなり脚の筋肉を使います。サーフィンのために優れたトレーニングになります。
トレーニングはスポーツクラブでもできますが、やはり質的に違いがあるでしょう。
自然の道を下ると地面は木の根っこや滑りやすいぬかるみ、ぐらつく石もあります。足を載せた瞬間にぐらついてよろけることもあります。そこでバランスを戻すためにはカラダの様々な筋肉を動員し適切に使わなくてはなりません。ジムで何キロのウェイトを上げ下げしようとそれだけではサーフィンに必要な瞬間的なリカバリー能力は養えないのです。
地面の状態を目で見てどこに足を置けば良いかを決めるのも瞬時に行わなくてはなりません。木の根でも濡れているか乾いているか表面の質はどうか判断しなくては一歩を踏み出すことができないのです。判断を間違えば滑って転倒、最悪転落ということにもなりかねません。
気持ちの良い野外で、自然のトラップをかいくぐり歩くことはやはり優れたトレーニングだと思います。

穂積神社に戻ると社務所の人達も帰宅の時間でした。
気持ち良い時間が過ごせました。海もよいけどやっぱり山も良いですね。
難易度の高い岩峰に挑戦するなんてことには興味ありませんが、大自然に囲まれて気持ち良く体を動かし、脳の細胞を活発に動かし、美味しいものを食べたり飲んだりするのは最高ですね。

山も海も同じように自分のフィールドにしていきたいと思います。
前回ブログの12月26日(金)のまっちゃんとのご機嫌のサーフィンの後、土日は海を避けましたが、30日(月)は平日なので海に出かけたのです。
26日と同じ場所に行きましたが、20人以上のサーファーが腰~腹の波の上に浮かんでいてガッカリ。やはり年末年始のお休みは混雑が避けられないと悟りました。結局、ローカルさんたちと情報交換しただけで海には入らずに帰りました。混んでいる海に無理して入ることはやはりやめようと思いました。
さて、新年の元旦。何をしようかと考えました。
サーフィンに行くのをやめたおかげで年末はたっぷり時間ができたので「遠州灘」に関する民俗学的な文献を読み漁ることができました。
その中に御前崎の駒形神社の正月神事について興味深い記述を見つけ、御前崎に行くことも考えました。
ただそれはもう少し深く考えてみようということで、決行を決めたのが竜爪山に登ることでした。

海も神社の初詣も混雑します。そこで思いついたのが山です。
正月は1年のスタート。ふさわしい山は何処かと考え導き出した答えは『竜爪山』
静岡市を代表するお馴染みの山ですが、象徴的な山でもあります。
1964年の東京オリンピックの年に私は小学校1年生でした。
子供が非常に少なかった街中で育った私は家が商店だったせいもあり親とスポーツをすることも無く、ひ弱な少年でした。
そんな子供だった私を見かねた母は私を山登りに連れて行くようになりました。
谷津山から始まり俵峰などに登った後、小学2年の時に最後に登った山が竜爪山でした。
その後、小学校の友達と何度も登り、私の冒険の舞台でもありました。
高校時代に平山から登ったのが多分最後だったでしょう。
私の高校は冬になるとこの山の穂積神社までの往復約20kmを走る『竜爪マラソン』が恒例の行事でした。
さて、今日は平山から登りたかったのですが、出発が遅かったので穂積神社までクルマで登り、最後の急登だけにしました。
しっかりお参りをして、11時45分に出発。

初めて来た小学2年の時はまだここに社が建っていました。

急登の登山道も昔とは全く変わって整備されていました。
しかし、登りのしんどさは変わりません。
地面を見ながらゆっくりと登り始めると、忘れ去っていた昔の記憶がどんどん湧き出したのに驚きました。
長いこと会っていない昔の友人たちが目の前にいるかの如く鮮明に脳裏に現れてきます。
冬のある日、竜爪山の頂上に雪が積もったのを見た私は木材でソリを作り、それを担いで十河君とこの道を登ったよな。
あの時はスニーカーしか履くものが無かったから雪でズルズル滑って四つん這いになって登ったよな。でも手袋がびしょ濡れで冷たかったナ。コータローと来た時は下の沢に自転車のハンドルが落ちていて、必死になって崖を下り取りに行ったな。
そんな普段は忘れ去っていた記憶がどんどん出てきて、極めて鮮明な映像として脳裏に浮かぶのでした。
脳内の深い場所に仕舞い込まれた古い記憶が、急登で呼吸と体温が上がることとこの場所に来たということで開放された感じです。
自分でもびっくりするほど細かな記憶が蘇ってくるのでした。

かつてこの断崖はその上を左に上がっていく道になっていて雪でズルズル滑った時はたいへん恐ろしかった記憶があります。
今では右側に巻き道ができていました。

ところどころに眺望が開けるようになり

やがて尾根筋に出ました。ここの温度計は0℃を指していました。
この尾根は真富士山→竜爪山→賤機山→浅間神社→駿府城 と繋がる風水で言うところの『竜の道』です。
いつか真富士山から駿府城までの駿府の竜の道を歩きたいと思っています。

薬師岳北展望地から真富士山方面を観ましたが。残念ながら富士山は雲の中でした。

12時45分。穂積神社を出発して丁度1時間で文珠岳(竜爪山)に到着しました。
気温0℃ですから汗をかかないようにゆっくりと歩いてきました。

頂上から南を観ると、御前崎まではっきり見えました。
そんな遠くまで見えるとは思ってもいませんでした。

標高は1041m。穂積神社が700mほどなので、約300mの登りです。

今年最初のブログなので、ご挨拶も兼ねて自撮り写真を載せておきます。
10年以上前に買ったノースフェイスのパーカは7年ぶりくらいに着てみました。


お腹が空いたので軽いランチタイム。
頂上には1組の登山客がいましたが、お湯が沸くころには下山していき、頂上も貸し切りになりました。

清水方面は港が良く見えました。
珈琲を飲みながら、暖かい陽だまりの頂上でゆっくり景色を眺めました。
そういえば、急登の歩きが終わった頃から昔の記憶はあまり現れないようになっていました。
記憶映像が脳内で再生されていた時間は景色があまり見えていなかったように感じます。こうして何も考えずゆっくり景色を眺めていると改めて良い景色だなと思えました。

JAMSTECの地球深部探査船「ちきゅう」はやっぱり巨大ですね。

御前崎の眺めをもういちど瞼に焼き付け
珈琲を2杯飲んで、下ることにしました。

下りは急なので下半身にかなりのGがかかります。
膝を痛めないように下りもゆっくり歩きました。
かなり脚の筋肉を使います。サーフィンのために優れたトレーニングになります。
トレーニングはスポーツクラブでもできますが、やはり質的に違いがあるでしょう。
自然の道を下ると地面は木の根っこや滑りやすいぬかるみ、ぐらつく石もあります。足を載せた瞬間にぐらついてよろけることもあります。そこでバランスを戻すためにはカラダの様々な筋肉を動員し適切に使わなくてはなりません。ジムで何キロのウェイトを上げ下げしようとそれだけではサーフィンに必要な瞬間的なリカバリー能力は養えないのです。
地面の状態を目で見てどこに足を置けば良いかを決めるのも瞬時に行わなくてはなりません。木の根でも濡れているか乾いているか表面の質はどうか判断しなくては一歩を踏み出すことができないのです。判断を間違えば滑って転倒、最悪転落ということにもなりかねません。
気持ちの良い野外で、自然のトラップをかいくぐり歩くことはやはり優れたトレーニングだと思います。

穂積神社に戻ると社務所の人達も帰宅の時間でした。
気持ち良い時間が過ごせました。海もよいけどやっぱり山も良いですね。
難易度の高い岩峰に挑戦するなんてことには興味ありませんが、大自然に囲まれて気持ち良く体を動かし、脳の細胞を活発に動かし、美味しいものを食べたり飲んだりするのは最高ですね。

山も海も同じように自分のフィールドにしていきたいと思います。
2018年02月19日
ブログご無沙汰でした。この10日間ほどを振り返ります。
2月10日にベトナムから帰国しまして、それ以後は猛烈な忙しさの中におりました。
またまた旅の総括のブログを書く時間が無く時間が過ぎてしまいましたが、ベトナムはとても良かったです。
ベトナムの人は穏やかだし、食べ物は美味しいし、街は活気があって勢いを感じました。
波はあり過ぎる部分もありましたが、久々にサイズがある波でサーフィンらしいサーフィンを堪能できましたし、時期を調整すればサーフ天国と言えるでしょう。
現地ではベトナムサーフィン開拓のレジェンド森田さんのお話を聞くのも興味深いものでしたし、『NALU』の取材を兼ねて長期滞在していた千葉太東の高橋プロと知り合え太東のお店にも行ってみたいと思いました。ドラゴンヘッド・ポイントの詳細聞かせてくださいね。
サーフィンだけでなく世界遺産も見られたし、良い旅でした。
ベトナムもスリランカに続く「毎年行きたい場所」になりました。
さて、帰国後のことを急ぎ足で。

帰国の翌日、11日には伊豆下田に。

下田東急ホテルに一泊して翌日は松崎へ。
そうそう、下田東急ホテルは改修工事が終わり本格営業再開。いつも利用しているホテルよりもクラスが上ということで、素晴らしいサービスでした。

12日の朝、下田東急ホテルの売りは朝食のブッフェ。朝食なのですがワインや日本酒、搾りたての牛乳などかなりの内容。
大満足でした。
チェックアウト後、松崎の役場に向かい、松崎健幸スポーツウォーキングの講座。


強風の寒い中、50名以上の方が集まってくれて、監修の筑波大学のスタッフも驚いておりました。
松崎の人達に会えるのも楽しみになってきました。

翌13日は貴重なお休み。山積していた野暮用を片付けるチャンス。インサイトに履かせていたスタッドレスタイヤを元に戻し、

中古車の買取店に持ち込み売却しました。
9年、17万キロも走っていれば普通なら下取り査定額0円ですが、ハイブリッド車ということで思わぬ金額で買い取ってもらえました。
最近は軽自動車・1ボックス・ハイブリッドの3つが人気なのだそうで、それ以外は高くは買い取れないのだそうです。
ホンダのインサイト、この車のボディデザインのラインが気に入り無限ホンダのPVを観て決めました。当時納車間近の超人気車プリウスの予約をキャンセルして5か月待ちで買ったもの。
モーターアシストがパワフルで雨の日は交差点からの発進時にホイルスピンを注意しなくてはならないほどの加速力。燃費も近年は電池性能が落ちて悪化しましたが、17万キロをリッター20㎞で走り切ったし、前後の重量バランスが良くて峠道の下り坂は速かったです。友人たちのクルマが「窓が開かなくなった」とか「エンジンオイルが漏った」とか聞く中で、9年間で故障は一度も無くこれまで乗った車の中でも一番の優等生でした。まだまだ問題なく乗れるのですが、赤い塗装が剥げてきて、妻が乗るにはかわいそうなので新車に替えることにしました。お別れは寂しいですね。
そして翌14日、
一日勤務の仕事があり、終了後に職場からタクシーでスズキ自販静岡へ直行。

実は1月末に私のクロスビーはディーラーに届いていたのですが、ベトナム旅行のため納車できず、この日の納車となりました。

スズキでは「納車式」というものをやるのだそうで、花束を頂きました。
今回、スズキの新型車クロスビーを買うことを決めた後、仲間に「誰か信頼できるスズキの営業マンを紹介してくれ」と頼んだのです。ところが浜松などには人脈があるものの静岡市内のディーラーに誰も知り合いが居なかったのです。仕方なくとりあえず一番近いスズキ自販静岡東を訪れたのでした。その時偶然最初に顔を合わせ、担当してくれたのが上の写真の堀場さんでした。
いろいろ商談を進めているうちに、なんと堀場さんのお父さんもサーファーで、以前、静波のジャックの店で私と話をしたことがあることが分かったのでした。
びっくりでした。全くの偶然でしたが、見事にサーファー人脈で繋がっていたんですね。この繋がりも大切にしなくてはと思います。
(灰塚さん、海で青いXBEE見かけたら声を掛けてくださいね。)
そして翌15日はお休み・・・とはいえ、野暮用山積のため当初参加を予定していた臨済寺の涅槃会を欠席することに。
この日の法要にはあの『今川さん』も来場予定だったので拝謁したかったのですが残念でした。

朝は早く起きて昨夜納車されたクロスビーの・・・分解??(笑)
キズが付かないように養生テープを貼り、カーナビのガーニッシュの取り外し。

カーナビを取り出して、小細工しました(笑)
仕事ばかりでは息が詰まるので、こういうふうに自分で手を掛けてみるのもお楽しみです。
16日(金)は、朝から夜までの14時間勤務。疲れました。
そして17日(土)はSBS学苑静岡で救急救命法講座でした。1~3月は南の島に行きたいからお休みさせてと頼んだのですが、申し出は却下され、2月も開講することになっていたのでした。これが無ければもう少しベトナムに長く居たかったです。

静岡新聞社の社員食堂が5階の東側に移転していました。
窓際がカウンター席になり富士山を観ながら食事ができるようになっていました。
さて、18日(日)はまたまた伊豆。
今週は忙しくて前泊することができず、朝5時半に家を出発。日曜ですが早朝のため渋滞も無く予定よりも1時間以上早く着いてしまいました。

堂ヶ島でコーヒーブレイクを入れて、

沢田公園にも行ってみました。結構なウネリでした。
仕事は午前中なので△50点がついた多々戸浜に回ってみようかとも思いましたが、ベトナムでさんざんやってきたのでまだ冷たい海に入ってまでサーフィンをしたいという気持ちにはなれません。
そうそう、今度のクロスビーは全長が4mに満たない小さな車。サーフボードは屋根にキャリアを付けて載せる予定です。ただ、クロスビーは新型なので主なキャリアのメーカーもまだクロスビーに取り付けられるキャリアは開発中で発売されていません。そのため当分の間は椅子を畳んで載せるしかないかなと思っていましたが、

なんと、クロスビーは後席が異様に広いので椅子を畳まなくてもサーフボードがそのまま積めることが判明。スーパーハイトワゴンのソリオがベースになっているので思いのほか広い室内なのです。

さて、松崎町の健幸スポーツウォーキングも3月いっぱいの契約でした。私には伊豆に来る良い理由となっていただけに終わってしまうのは残念。松崎町ではこの間に町長が代わり、銀行出身の新町長の緊縮財政の元、健康事業は終了となることが決まりました。
ところが、参加者の皆さんがこれを続けたいと町に掛け合ってくれ、とうとう署名活動まで始まるほどの熱心さ。
私も妻も松崎町の皆さんに暖かく迎えて頂いているので、自主的な活動でも良いので何らかのお役に立てればと思っています。
郷土を愛する地元生まれの人達だけでなく、リタイアして都会から引っ越して田舎暮らしを実践しているインテリ層の方々。素晴らしい人たちが数多くいらっしゃり、静岡市の人達よりもパワーを感じます。

仕事が終わり、お昼は民芸茶屋でランチ。
ここは地元を代表するホテルの豊崎ホテルの食事処。道路のお向かいが漁協という立地です。

大人気のランチはお刺身の盛り合わせと、炭火で焼く干物。さすがに美味しゅうございました。

ハードスケジュールが続いたので、帰り道は土肥の公園でちょっとだけ休憩。
土肥桜ももうほとんど葉桜になっていました。春は近いですね。
そして本日、2月19日(月)はお休み。と言っても事務仕事山積なんですけどね。
朝からパソコンに向かっていましたが、『わろてんか』が終わったところで家を出て焼津へ。

目指したのはこちら。
トータルカーサポート クイックさん
事務所の入り口にウェットスーツが干してある(笑)
SUPのヤマダさんのお店です。

クロスビー改造計画、プロによる第一弾がスタートします。
結果は金曜日。しばし代車生活です。
またまた旅の総括のブログを書く時間が無く時間が過ぎてしまいましたが、ベトナムはとても良かったです。
ベトナムの人は穏やかだし、食べ物は美味しいし、街は活気があって勢いを感じました。
波はあり過ぎる部分もありましたが、久々にサイズがある波でサーフィンらしいサーフィンを堪能できましたし、時期を調整すればサーフ天国と言えるでしょう。
現地ではベトナムサーフィン開拓のレジェンド森田さんのお話を聞くのも興味深いものでしたし、『NALU』の取材を兼ねて長期滞在していた千葉太東の高橋プロと知り合え太東のお店にも行ってみたいと思いました。ドラゴンヘッド・ポイントの詳細聞かせてくださいね。
サーフィンだけでなく世界遺産も見られたし、良い旅でした。
ベトナムもスリランカに続く「毎年行きたい場所」になりました。
さて、帰国後のことを急ぎ足で。

帰国の翌日、11日には伊豆下田に。

下田東急ホテルに一泊して翌日は松崎へ。
そうそう、下田東急ホテルは改修工事が終わり本格営業再開。いつも利用しているホテルよりもクラスが上ということで、素晴らしいサービスでした。

12日の朝、下田東急ホテルの売りは朝食のブッフェ。朝食なのですがワインや日本酒、搾りたての牛乳などかなりの内容。
大満足でした。
チェックアウト後、松崎の役場に向かい、松崎健幸スポーツウォーキングの講座。


強風の寒い中、50名以上の方が集まってくれて、監修の筑波大学のスタッフも驚いておりました。
松崎の人達に会えるのも楽しみになってきました。

翌13日は貴重なお休み。山積していた野暮用を片付けるチャンス。インサイトに履かせていたスタッドレスタイヤを元に戻し、

中古車の買取店に持ち込み売却しました。
9年、17万キロも走っていれば普通なら下取り査定額0円ですが、ハイブリッド車ということで思わぬ金額で買い取ってもらえました。
最近は軽自動車・1ボックス・ハイブリッドの3つが人気なのだそうで、それ以外は高くは買い取れないのだそうです。
ホンダのインサイト、この車のボディデザインのラインが気に入り無限ホンダのPVを観て決めました。当時納車間近の超人気車プリウスの予約をキャンセルして5か月待ちで買ったもの。
モーターアシストがパワフルで雨の日は交差点からの発進時にホイルスピンを注意しなくてはならないほどの加速力。燃費も近年は電池性能が落ちて悪化しましたが、17万キロをリッター20㎞で走り切ったし、前後の重量バランスが良くて峠道の下り坂は速かったです。友人たちのクルマが「窓が開かなくなった」とか「エンジンオイルが漏った」とか聞く中で、9年間で故障は一度も無くこれまで乗った車の中でも一番の優等生でした。まだまだ問題なく乗れるのですが、赤い塗装が剥げてきて、妻が乗るにはかわいそうなので新車に替えることにしました。お別れは寂しいですね。
そして翌14日、
一日勤務の仕事があり、終了後に職場からタクシーでスズキ自販静岡へ直行。

実は1月末に私のクロスビーはディーラーに届いていたのですが、ベトナム旅行のため納車できず、この日の納車となりました。

スズキでは「納車式」というものをやるのだそうで、花束を頂きました。
今回、スズキの新型車クロスビーを買うことを決めた後、仲間に「誰か信頼できるスズキの営業マンを紹介してくれ」と頼んだのです。ところが浜松などには人脈があるものの静岡市内のディーラーに誰も知り合いが居なかったのです。仕方なくとりあえず一番近いスズキ自販静岡東を訪れたのでした。その時偶然最初に顔を合わせ、担当してくれたのが上の写真の堀場さんでした。
いろいろ商談を進めているうちに、なんと堀場さんのお父さんもサーファーで、以前、静波のジャックの店で私と話をしたことがあることが分かったのでした。
びっくりでした。全くの偶然でしたが、見事にサーファー人脈で繋がっていたんですね。この繋がりも大切にしなくてはと思います。
(灰塚さん、海で青いXBEE見かけたら声を掛けてくださいね。)
そして翌15日はお休み・・・とはいえ、野暮用山積のため当初参加を予定していた臨済寺の涅槃会を欠席することに。
この日の法要にはあの『今川さん』も来場予定だったので拝謁したかったのですが残念でした。

朝は早く起きて昨夜納車されたクロスビーの・・・分解??(笑)
キズが付かないように養生テープを貼り、カーナビのガーニッシュの取り外し。

カーナビを取り出して、小細工しました(笑)
仕事ばかりでは息が詰まるので、こういうふうに自分で手を掛けてみるのもお楽しみです。
16日(金)は、朝から夜までの14時間勤務。疲れました。
そして17日(土)はSBS学苑静岡で救急救命法講座でした。1~3月は南の島に行きたいからお休みさせてと頼んだのですが、申し出は却下され、2月も開講することになっていたのでした。これが無ければもう少しベトナムに長く居たかったです。

静岡新聞社の社員食堂が5階の東側に移転していました。
窓際がカウンター席になり富士山を観ながら食事ができるようになっていました。
さて、18日(日)はまたまた伊豆。
今週は忙しくて前泊することができず、朝5時半に家を出発。日曜ですが早朝のため渋滞も無く予定よりも1時間以上早く着いてしまいました。

堂ヶ島でコーヒーブレイクを入れて、

沢田公園にも行ってみました。結構なウネリでした。
仕事は午前中なので△50点がついた多々戸浜に回ってみようかとも思いましたが、ベトナムでさんざんやってきたのでまだ冷たい海に入ってまでサーフィンをしたいという気持ちにはなれません。
そうそう、今度のクロスビーは全長が4mに満たない小さな車。サーフボードは屋根にキャリアを付けて載せる予定です。ただ、クロスビーは新型なので主なキャリアのメーカーもまだクロスビーに取り付けられるキャリアは開発中で発売されていません。そのため当分の間は椅子を畳んで載せるしかないかなと思っていましたが、

なんと、クロスビーは後席が異様に広いので椅子を畳まなくてもサーフボードがそのまま積めることが判明。スーパーハイトワゴンのソリオがベースになっているので思いのほか広い室内なのです。

さて、松崎町の健幸スポーツウォーキングも3月いっぱいの契約でした。私には伊豆に来る良い理由となっていただけに終わってしまうのは残念。松崎町ではこの間に町長が代わり、銀行出身の新町長の緊縮財政の元、健康事業は終了となることが決まりました。
ところが、参加者の皆さんがこれを続けたいと町に掛け合ってくれ、とうとう署名活動まで始まるほどの熱心さ。
私も妻も松崎町の皆さんに暖かく迎えて頂いているので、自主的な活動でも良いので何らかのお役に立てればと思っています。
郷土を愛する地元生まれの人達だけでなく、リタイアして都会から引っ越して田舎暮らしを実践しているインテリ層の方々。素晴らしい人たちが数多くいらっしゃり、静岡市の人達よりもパワーを感じます。

仕事が終わり、お昼は民芸茶屋でランチ。
ここは地元を代表するホテルの豊崎ホテルの食事処。道路のお向かいが漁協という立地です。

大人気のランチはお刺身の盛り合わせと、炭火で焼く干物。さすがに美味しゅうございました。

ハードスケジュールが続いたので、帰り道は土肥の公園でちょっとだけ休憩。
土肥桜ももうほとんど葉桜になっていました。春は近いですね。
そして本日、2月19日(月)はお休み。と言っても事務仕事山積なんですけどね。
朝からパソコンに向かっていましたが、『わろてんか』が終わったところで家を出て焼津へ。

目指したのはこちら。
トータルカーサポート クイックさん
事務所の入り口にウェットスーツが干してある(笑)
SUPのヤマダさんのお店です。

クロスビー改造計画、プロによる第一弾がスタートします。
結果は金曜日。しばし代車生活です。
Posted by エディ タチカワ at
12:09
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